読むことも書くことも楽しくなくなった瞬間があった
――最新作、『腹を割ったら血が出るだけさ』(以下、『腹を割ったら』)は執筆にあたって多くの取材をされたそうですね。
住野 めちゃくちゃ最初から話すと、五年以上前に「BiSH」のモモコグミカンパニーさんが、僕の本を読んでくださったのをきっかけに、僕がBiSH界隈に興味を持ったことが始まりです。今回、巻末のSPECIAL THANKSにお名前を載せてもらっている「STINGRAY」の綾称さんに取材をさせていただいたのも、かつて綾称さんがBiSHと同じ事務所にいるBiSのメンバーで興味を持ちファンになったという経緯があって。当時、僕の勝手なアイドル知識では、アイドルさんたちはメンバーみんな仲良く取り繕っているものだと思っていたんです。ところが、実際の彼女たちはSNS上で「私はこう思う」ということをはっきり言っていたんです。その中で綾奈さんの言葉がすごく面白くて、話を聞いてみたいと思いました。同時期に、ご縁あって「simpαtix-シンパティクシュ-」の髙井つき奈さんのお話も伺えたんです。
――『腹を割ったら』は「愛されたい」という感覚に囚われた女子高生の茜寧を中心にアイドルやライブハウススタッフなど多くのキャラクターが登場する群像劇ですが、初めからアイドルを扱うという構想があったのでしょうか?
住野 最初に取材をした時はちょっとお話を伺ってみたいな、という感じでした。けれど、お話を聞いたりSNSやライブ活動を知るうちに登場人物として書きたいと思って、茜寧や逢よりも先に、彼女たちをモデルにしたアイドルの樹里亜や朔奈というキャラクターが生まれました。
――『腹を割ったら』のアイディアを得たのは3年前だそうですね。群像劇を書かれる上で大変だったことや新しい発見はありましたか?
住野 技術的な面でいうと、群像劇は一つのシーンに登場人物が何人もいることがあるので、誰の視点で書くのが一番ドラマチックなんだろうと考えていくと、すごく時間がかかります。それに加えて、僕はこの作品の執筆中に、一度完全に書くエネルギーがゼロになったことがあったんです。キャラクターたちへの愛情が尽きたということではないのですが、読むことも書くことも楽しくなくなった瞬間がありました。
――そこからどうやって立ち直られたのですか?
住野 とある偉大な先輩作家さんに「こんな時もありましたか?」と相談させてもらいました。すると「もちろんあったし、小説は自分のためだけに書いたほうがいいですよ」と言っていただきました。それでまた意欲が出て、そこからは意外とすんなり書き終わりました。それまでは小説を書くことは、自分が楽しむよりも「楽しんでほしい」という気持ちが先行していました。こう書いたほうが担当さんは「面白い」と言ってくれるんじゃないか、と。