憧れが突き抜けて小説の投稿を始めた

――キャリアについてお伺いします。住野さんが小説を書き始められたのは高校生の頃だそうですね。きっかけはなんだったのでしょう?

住野 ずっと、ライトノベル作家になりたかったんです。すごく単純なんですが、有川ひろさんをはじめとした大好きな作家さんたちがいて、この人たちみたいなものを自分でも作れたらいいな、と思いました。憧れが突き抜けて、自分でも投稿を始めたんです。

――ライトノベルのレーベルに投稿されていた時から、現在の作風が出来上がっていたんですか?

住野 今とは全然違いました。『膵臓』以前はもっとファンタジーを土台にしたラノベっぽさを意識してたんですが、一次審査も全く通らなかったんです。それで、作風が自分に合っていないのかなと思って『膵臓』を書き始めたんです。僕が好きなラノベの中には有川ひろさんの『塩の街 wish on my precious』(※刊行時は「有川浩」名義)や、西尾維新さんや乙一さんなどが書かれる土台に現実があるタイプのものもあって。だから、自分の中にあったそれまでと違う角度のものを出したら、「あ。こっちだったんだ」という感じがありました。

――『膵臓』は小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿して公開されたんですよね?

住野 そうです。『膵臓』は賞に投稿しようと思ったのですが、応募規定の枚数に収まらなくて。「小説家になろう」に投稿したものを読んでくださった双葉社の初代担当さんが声をかけてくれて出版されました。

――『膵臓』を投稿された時点で、どんなリアクションを予想されていましたか?

住野 誰かが「面白い」と言ってくれればいいな、ぐらいの気持ちでした。「小説家になろう」の使い方が全然わかっていなかったので、短編というカテゴリーに13万字以上ある作品を投稿してしまっていたんですよ(笑)。長いのでなかなか読みにくかったと思うんですが、最初に「面白かったです」「感動しました」というコメントをもらった瞬間を今でも覚えています。すごくうれしかったですね。

――実際に、投稿された作品がデビュー作となって、アニメ化、実写映画化と幅広く展開された時はどのような心境でしたか?

住野 「自分のことじゃない」という感じです。みんながわっしょいわっしょいやっているけど、「ああ。何かやってるの?」ってぼーっと遠くから見ている感覚で、自分のことだとは一切思わないんです。大きなことが起こるたびに「あなたのことだよ」と言われるんですが、「そう言われても……」と。自分の隣に住野よるという化け物が常にいるような状態で、デビューしてから3年ぐらいは、感情の起伏が落ち着いたことはなかったです。

――作品がメディア化されると、作品だけがどんどん遠くに行ってしまうような感覚だと仰る作家さんも多いです。

住野 それはあります。僕のものじゃなくなるのかな、って思うんです。基本的に、映像化となると原作者は蚊帳の外なので、「自分のものなのにな」という気持ちと同時に「この物語の持つ意味を超えて消費され始めている。それはこの小説にとっていいことなのか?」とすごく考えていました。なので、『膵臓』に関しては、もう売れなくていいとさえ思っていたこともあったんです。でも作品を好きだと言ってくれる人がいる以上、その人たちの「好き」を僕が邪魔していいはずがない、という気持ちにだんだんと変わっていきました。