「私が出るしかない!」とモデルオーディションに応募

――先日はマイナビ進学がコーナー提供しているinterfm「AMEFURASSHIの大雨注意報!」にゲストとして出演されていましたが、初共演はいかがでしたか?

矢部ユウナ(以下、矢部) グループの方々、それこそアーティストさんとはラジオも含めてあまり関わることがなかったんですけど、ガールズトークみたいで楽しかったです。大人数の友達とかグループとかが女の子にはあるじゃないですか。そういうのにあんまり属さないタイプの人間だったので、今日はすごく喋れて嬉しかった(笑)。

――メンバーの皆さんも、「矢部さんはすごく明るくて話しやすい」とおっしゃっていました。さて、矢部さんは現在、DJ、モデル、YouTuberと多方面で活躍されていますが、芸能界に入ったのは中学3年生の頃、雑誌「Zipper」の専属モデルオーディションがきっかけだったとお聞きしました。

矢部 当時は女優への憧れとか、テレビに出たいという気持ちはまったくなかったんですが、「Zipper」が好きで、誌面に出ている方の事務所を調べたりしていました。それで、アソビシステムっていう、今所属している事務所を知って。アソビシステムって普通のモデル事務所とは違ってちょっと個性のある人が集まっているんです。そこに惹かれた部分は大きかったですね。そういう中でこのオーディションを知ったので、「これは私が出るしかない!」という感覚で応募しました。

――その当時、「Zipper」に出られていたモデルさんの中で憧れていた方はどなたでしたか?

矢部 瀬戸あゆみさんです。事務所の先輩で、何回かお会いもして、お仕事も一緒にさせてもらっているんですけど、うまく喋れないです(笑)。普段は人見知りもしないし、誰とでも喋れるんですけど、ずっと追いかけていた方なので、どうしても緊張しちゃいます。

――古着などのファッションに目覚めたのも「Zipper」がきっかけだったんですか?

矢部 「このファッションが好きだ!」って思えたのは「Zipper」とか、青文字系(雑誌)がきっかけですね。

――ファッションの面では、お姉さんの影響も大きかったと伺いました。

矢部 お姉ちゃんは大学で上京した時に、原宿のSPINNS(スピンズ)っていうお店でバイトをしていたんです。そのSPINNS自体、刺激的な洋服が多くて、古着もそれこそいっぱいあったり。お姉ちゃんもいろんなファッションをしているのを見て、「楽しそう!」って思って。あとはちょうどそのタイミングで、地元の静岡に109(SHIZUOKA109)がオープンしたんです。「あの109が静岡にできる!」というところから、ファッションの世界にどんどん入っていきましたね。

――オーディションは見事グランプリを獲得されましたが、その審査で何をされたか覚えていますか?

矢部 記憶が薄いんですよ。でも、踊った記憶はある(笑)。

――もともとダンスもお好きなんですよね。

矢部 本当にちょっとだけですけど、レゲエダンスという他の人があまり手を出さないジャンルのものを踊りました。そうしたらオーディションの面接官の中にレゲエダンスをやってらっしゃる方がいたので、すごく盛り上がったんです。その記憶だけ覚えています。