10周年の感謝を込めて、読者が最も楽しめる作品にしたかった

――『珈琲店タレーランの事件簿8 願いを叶えるマキアート』(宝島社文庫)が刊行されました。本書は、作家生活10周年の8月に刊行されると決めていらっしゃったそうですね。前巻の刊行から約5ヶ月という短い期間でのストーリー作りはどのように進んでいったのでしょうか?

岡崎琢磨(以下、岡崎) 7巻を作っている段階で、8巻を10周年の節目に出すというのは自分の中で決めていました。「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズは1巻からずっと、どんでん返しみたいなものを取り入れていく作風だったので、8巻を書くにあたって、どういうどんでん返しだったら作品にうまく溶け込められるかなというところから考えて作り始めました。6巻までは主要人物の過去の話を書いてきて、それに関しては書ききった気持ちがあったので、どんなストーリーにしていくかは悩みました。同期の作家で仲が良い友井羊(ともいひつじ)さんという方が、「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」というシリーズを出していらっしゃるのですが、昨年刊行された「スープ屋しずく」が食のフェスをテーマにした物語だったので、僕もフェスを扱った話を書いてみようかな、と。ご本人に了承を得て、話が決まってからはわりと一気に書き上げることができました。

――今回は、前巻までに登場したキャラクターの再登場もあり、シリーズ読者にとってはうれしい一冊です。

岡崎 7巻の短編集は、僕が作家としてやりたいことを中心に書いてしまったので、8巻は10周年の感謝の意も込めて、これまでずっと読んできてくださった方たちが最も楽しめる作品にしようと思いました。作家としてのエゴを捨てることに徹して書き始めたんです。読者の方が喜ぶのは、やはり過去の作品とのつながりだろうと。でも、再登場させたら興ざめになる人物もいっぱいいるので、誰を出すかと考えた時に石井春夫というキャラクターは使いやすいし、意外性があるかなと思って出しました。

――「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズの魅力は謎解きだけでなく、バリスタの美星と常連客のアオヤマくんの距離感などの恋愛要素もあると思います。本書での二人のキャラクターの関係性の変化はあらかじめ決めていらっしゃったのでしょうか?

岡崎 少なくとも8巻を書き始めるまで、ああいった展開を盛り込むことは計算していたわけではないんです。僕自身、この年まで独身未婚でやってきたので、恋愛というもの対して神聖なものであるとか、理想的なものであるという考えを持っていないんです。だから、どんなに良く見える二人でも上手くいかない瞬間があるというのは、自分にとってはそんなに無理のある展開ではありませんでした。

――読んでいると、謎も二人の関係もどちらも気になってしまいます。

岡崎 最初の5年くらいは、二人のキャラクターを分かりやすくくっつけて上手くいってしまうと、シリーズが立ち行かなくなる不安もあったので、距離を少しずつ縮めながらも、なんとなく引き延ばしていた感じだったんです。でも、6巻を書いた時に前巻から3年空いてしまったので、さすがに何もなしという訳にはいかないと思って、告白という手順を踏ませました。8巻ではそれを逆手にとってもうひと展開、という感じです。ここから先はもう使うことのできない、僕らしい展開になったかなと思っています。

――「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズの一作目は第10回『このミステリーがすごい!』大賞の最終選考に選出された作品です。はじめからシリーズ化を考えていらっしゃったのでしょうか?

岡崎 全く考えていませんでした。一作目からもともと、どんでん返しがあって、オチがあってという話ではあったのですが、応募の段階ではラストは違う形だったんです。刊行にあたって担当さんから「シリーズ化も考えられるような結末に持っていけますか」と言われて、結構ギリギリの調整でシリーズ化できそうな感じを保つことができました。デビュー作を広く読んでいただけたおかげで、今のかたちになっています。

――長く続く人気シリーズを書かれるにあたって、どんなことを意識されましたか?

岡崎 当時の自分が何を考えていたのかはっきりとは覚えていないんですけど、ひとつ確実に言えるのは、毎回ちゃんと面白いものを書かないといけない、ということですね。特に僕の場合はデビューシリーズの1巻があれだけ広く読まれたので、2巻でつまらないものを書いたら、シリーズだけじゃなく作家人生自体が危うくなる恐れがありました。その時その時で、シリーズ全体の流れを見通す余裕もなかったし、とにかく目の前の1冊に集中して、どうやったら面白くなるかだけを考えていました。

――「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズは、どのお話にも日常の細かい謎がたくさん散りばめられています。どのような瞬間にアイディアが浮かぶのでしょうか?

岡崎 アイディアやネタは、ひたすら目を皿にして探すしかないです。もちろん、実際に見聞きしたことがヒントになっている場合もありますが、大体は物語の流れの中で、ここでどういう謎を作れるか、とその場その場で考えています。

――これから『珈琲店タレーランの事件簿8 願いを叶えるマキアート』を読まれる方に見どころをお願いいたします。

岡崎 これまでで一番インパクトのある作品になっていると思いますので、思い切り振り回されてほしいですし、それが何より楽しめるポイントです。10年間やってきたシリーズも8巻まで続いて、今まではあまり触れなかった過去の真相にも触れていますし、登場人物たちも成長していく中で、人間関係や価値観も変化していきます。1巻からのキャラクターたちの成長や変化していく様子を感じて欲しいです。