自分自身の思いが上手く伝えられないもどかしさがあった

――『あの娘は知らない』は福地さん演じる中島奈々が営む旅館・中島荘に、一年前に恋人を亡くした⻘年・藤井俊太郎(岡⼭天⾳)が訪れるところから始まります。奈々も過去に大切な人を喪い、喪失感を抱きながら生きていることから、二人は共鳴していきます。初めて脚本を読んだ時はどんな印象を受けましたか。

福地桃子(以下、福地) 二人の間にある空気がとても心地いいなと感じました。男女という関係性を超えて、きちんと落ち着く空間があるんだろうなと。人と人が寄り添う姿に共感しましたし、今の時代を生きる上で、二人の在り方をみてきっと受け取るものがあるんじゃないかなと感じました。奈々が発する言葉は、私自身にとっても違和感がなかったので、セリフも自分の中に馴染んでくるような感覚でした。その分、自分自身と向き合う必要があると思いました。

――セリフではなく、表情や立ち居振る舞いで気持ちを表現するシーンが多いと感じました。
福地 心を許しているからといって、近づきすぎるのではなく、どうしたら自然と近づくことができるんだろうと考えて。それは、自分のパーソナルな部分をしゃべった時なのか、家族の話をした時なのか、それとも恋人の話をした時なのか……。人それぞれ距離の縮め方は違うと思うのですが、奈々は俊太郎さんと過ごす時間の中で一歩ずつ自分を解放していったように思います。

――ラブシーンもありますが、観る人によって受け取り方も様々だろうなと感じました。

福地 俊太郎さんに対して特別な感情があったのかも分からない。観てもらう人の想像を広げてもらえる部分ではあるのかもしれません。自分と重ねる人もいるかもしれないし、理解できないと思う人もいるかもしれないけれど、これはこれで一つの形であって、こういう人たちがいてもいい。こうじゃなきゃいけないという決まりがないというところに、少しでも救われるような瞬間があるんじゃないかと思いながら、撮影に臨んでいました。

――奈々に共感する部分や自分に近いと思う部分はありましたか?

福地 育った環境や境遇は違いますが、お芝居をしながら、内面的な部分で近いものがあるなと感じていました。

――人生で奈々のように大きな喪失を感じたことはありましたか?

福地 喪失と形は違うかもしれないけれど、自分自身の思いが上手く伝えられず、人前で話をすることが得意ではなかったんです。人見知りではないんですけど、今でもものすごく緊張しいなので、当時はそういうもどかしさがありました。こうやって言葉にしているのもちょっと変な感じがします。