どれだけドラマチックな言葉を使っても、ストレートな単語には勝てない

――10月7日に2作同日公開される映画『僕が愛したすべての君へ』(以下、『僕愛』)の主題歌と挿入歌を担当されていますが、それぞれの楽曲のテーマを教えていただけますか?

須田景凪(以下、須田) 映画のお話をいただいたのが2年ほど前で、その時点ではまだどちらの主題歌(『僕愛』か『君を愛したひとりの僕へ』(以下、『君愛』)か)を書くかは決まっていなかったのですが、平行世界という要素、そして自分と相手、一人一人の関係性をすごく大事にしている作品で、どちらの作品でも書きたいなと思っていました。『僕愛』は、人生の長いスパンを描いている作品なのですが、どんな関係であっても、仮にその何10倍も共にいる時間があったとしても、絶対にひとりの人間にはなれないし、分かり合えない。主題歌「雲を恋う」は、そういった部分を丁寧に描きたいと思って書いていた曲です。

――挿入歌である「落花流水」はどうですか?

須田 映画の挿入歌を手掛けることが初めてだったので、どういう曲にしようかというところから始まりました。どの場面で流れるのかも決まってなかったですし、「雲を恋う」がミディアムなロックバラードとするなら、相反したものを書きたいなと思ったので、曲調としてはスピード感のあるJ-ROCKになりました。「雲を恋う」の後に「落花流水」を書いたんですけど、「雲を恋う」を一人称の楽曲とするならば、「落花流水」はそれをより俯瞰で見た三人称の曲というか、時間軸においても、もう少し広い視野で見た楽曲にしたいと思って書いたんです。

――須田さんはこれまでにもアニメの主題歌や実写映画のテーマ曲など、タイアップ曲を多く手がけていらっしゃいますが、普段の楽曲制作とタイアップ制作で違いはありますか?

須田 ただ単に好きなものを作る時は、その時に描きたいものをひたすらピュアに描く感覚。タイアップの場合も、自分のその時のモードに合ったものを描くんですが、自分の感覚値で一番リンクする、掛け算になる部分を探して書くことが特に多いです。今回の「雲を恋う」では、今までのように自分が好きに描いていくだけでは決して生まれない、ストレートな言葉をたくさん使いましたし、自分の新しいチャンネルを発見させてもらえるきっかけにもなりました。

――『僕愛』は平行世界をテーマにした作品ですが、原作を読んだ時にどんな印象を持たれましたか?

須田 並行世界やパラレルワールドといったモチーフを描いた作品は多々あると思いますが、この作品は『僕愛』と『君愛』の2つに完全に分かれていて。どちらかだけを観てももちろん面白いけれども、2つを観た時に全ての辻褄が合う、そういった点が丁寧に描かれている作品はあまりないと思うので、そこがとても新鮮でした。2作品あるからこそ感情に関しての余韻とか、そういうものをより丁寧に描ける余白があって、そこがネットでバズった理由でもあるのかなと。一読者として単純に面白いなっていうのが第一印象でした。

――また、「雲を恋う/落花流水」のジャケットのイラストと、「雲を恋う」のMVを映像作家のtoubou.さんが担当されています。

須田 僕が一方的にめちゃくちゃファンで、toubou.さんが今年の3月に投稿した「さざ波の少女たち 予告編」というショートムービーがあるんですけど、Twitterでその映像が回ってきて、初めてtoubou.さんの存在を知りました。単純に美しいだけではなくて、繊細な心模様、感情の起伏の動きとか、そういうものをすごく丁寧に描ける人という印象を受けたんです。そういった部分も含め、ぜひtoubou.さんにお願いしたいなと思ってお声かけさせていただきました。

――須田さんはこの映画で声優にも初挑戦されています。実際に演じてみていかがでしたか?

須田 僕は歌のレコーディングしか経験したことがなくて、音楽に乗せて言葉や声を表現することはしていたんですけど、言葉だけのお芝居は初めてでした。同じ言葉を扱うにしても、発音のニュアンスだったり、言葉の間だったり、一つの文章に関するこだわりがすごくて、途方もない作業なんだなと。改めて声優さんってすごいなと思いました。

――今回の楽曲制作を経て、何か変化したことはありますか?

須田 去年の2月に『Billow』というフルアルバムをリリースしましたが、それまではいわゆる海外のサウンドだったり、音楽的に尖ったものを突き詰めていた時期なんです。それが自分の中で一旦落ち着いて、「次は何をしよう?」と考えた時に、改めてポップスというもの自体に向き合う時間があって。去年はフレデリックや、ボカロPで友達のぬゆりともコラボさせてもらったんですけど、その中で、自分が一番譲りたくない、プライオリティが高い部分って、メロディーと歌詞だなということに気がついたんです。そして、メロディーと歌詞の強度を考えた時に、「どれだけドラマチックな言葉を使ったとしても、ストレートな言葉には勝てない瞬間がある」というのを、この1年の経験で改めて感じて、それがこの作品を通じて形になりました。ストレートなものを書きたいと思って書いたという気持ちと、それと同時にその言葉でしか表せないところから、言葉をはめていったっていう印象もあって。この1、2年は、メロディーと言葉についてずっと考えていますね。