「シャルル」は自分が歌うために書いたような曲だった

――ここからはキャリアについてお聞きします。音楽に興味を持ったのはいつ頃からですか?

須田 小学校何年生の時か忘れましたが、幼なじみがポルノグラフィティの「アポロ」を「格好いいものがあるよ」と教えてくれて。それから中学2年生くらいにポルノのライブDVDを観た時、サポートのドラマーの方がめちゃくちゃカッコイイと感じて、そこからドラムを始めたんです。高校に入ってからは、ドラムとギターボーカルのツーピースバンドを結成しました。

――高校時代は将来、音楽の道に進もうと決めていましたか?

須田 当時は、漠然とバンド、またはドラムのスタジオミュージシャンとして、プレイヤーとして成功したい、仕事にしたいという気持ちがありました。自分が曲を作って歌うとか、今みたいな形で音楽を表現することは一切考えてなかったです。その後、バンドとして頑張って成功するために、音楽系の大学でドラムを学びました。バンド活動は5、6年続いていたんですけど、後半の2年くらいは自分の意見があまり通らないことが続いたんです。当時は作曲をしたこともなく、分からないなりにいろんなアイデアを言っていたんですけど、音楽を作る人って、自分含めみんな我が強いからなかなか難しくて。そうやってアイデアが自分の中に溜まっていった時期がありました。

――2013年からニコニコ動画で活動を始めたんですね。

須田 自分はもともとニコニコ動画の視聴者で、ボカロの存在は知っていて、「溜まったアイデアだけで1曲作れるんじゃないか」みたいな気持ちはあったんです。当時のバンドではコーラスもしたことがなかったので、自分で歌う選択肢は考えもしなかった。自分のわがままをひたすら聞いてくれるのは、「ボーカロイドだ」と思って、ボカロPのバルーンとして作曲をするようになりました。当時の自分はドラムというものに本気で向き合っていて、1日、何時間も練習していたんですけど、作曲を始めてからは、自分でもビックリするくらい作曲というものにのめり込んだんです。「自分はこんなにまだ好きになれるものがあるんだ」と。自分で作品を生み出せるということにすごく感動した記憶があります。

――2017年からは須田景凪さんご本人の名義でアーティスト活動もされています。きっかけは何だったのでしょうか?

須田 僕の曲の作り方は、弾き語りで鼻歌を歌ってメロディーでワンコーラスずつ作っていくみたいな方法が多いんですけど、当時は歌ったことがなかったんです。それでも何年もそのやり方でやっていたら、歌うことも好きになっていって。僕の楽曲で一番世の中の人に知ってもらえているのは「シャルル」だと思いますが、それ以前から自分の曲をセルフカバーで歌うこともあったんです。そうして活動を続けている時に、「THE VOC@LOiD M@STER(ザ・ボーカロイドマスター)」というイベントに出演する機会があって。実際に聴いてくれている人が目の前に来て、手書きのメッセージをくれたり、言葉をかけてくれたりすることが、すごくうれしくて「よりたくさんの人に聴かれたい」っていう気持ちがすごく強くなったんです。

――聴いてくれる人の言葉がきっかけだったんですね。

須田 しばらくして「今、本当にこれが書きたいのか?」「こういうものだったら、より聴かれるんじゃないか?」みたいな、迷っている時期がありました。それで「自分の中のピュアな作品を出したい」と思って書いた曲が「シャルル」でした。結果として、たくさんの人に聴いてもらえたのがうれしかったし、「シャルル」は自分が歌うために書いたような感覚もあって。そのきっかけもあり、誰が歌っても格好良い作品と、自分の色をより大事にする作品を脳内で差別化する為に、新たに名義を設けることにしました。