特別な作品ゆえに生じた迷い

――『四畳半タイムマシンブルース』のオファーが来た時のお気持ちは?

浅沼晋太郎(以下、浅沼) 森見登美彦さんの原作小説が2020年に刊行された時、CMのナレーションを担当させていただいたんです。その時、主人公の「私」をぜひ再び演じたいと思っていたので、今回のお話をいただいた時は「ついに来たか!」という気持ちでした。原案である上田誠さんの舞台作品「サマータイムマシン・ブルース」もすでに拝見していたので、上田さんの作り上げたストーリーと、森見さんの「四畳半」世界との融合が楽しみでもありました。

――2010年のTVシリーズ「四畳半神話大系」以来、アニメーションでは12年ぶりに「私」を再演するにあたり、「四畳半」ワールドにはスッと戻ることはできましたか?

浅沼 「スッと戻った」というより、むしろ「必死に戻ろうと努めた」と言うほうが近いかもしれません。最初はものすごいプレッシャーを感じていたんです。ファンの多い作品なので、皆さんをガッカリさせるわけにはいかないという思いを抱えながら、収録に臨みました。なんとか「四畳半」の世界に戻ろうと必死にもがきながら、どうしても自分のなかに落とし込めない部分があって……。

――というと?

浅沼 たとえば、夏目真悟監督が求めるスピードよりも、僕のナレーションが速く進んでしまったりしたんです。監督からは「もっとゆっくりでいいですよ」と言われたんですが、でもゆっくりやったら「四畳半神話大系」ファンの人たちをがっかりさせるのでは?と考えてしまったり。キャラクターの感情の部分でも、「私」がこんなに成長してていいのだろうか? 成長しないダメ大学生であることが「私」の「私」たる由縁なのではないか?と迷ってしまったり。思い入れがひときわ強かったぶん、過去の記憶にある「私」と、今回の『四畳半タイムマシンブルース』における「私」とのバランスに少し悩んでしまったんです。

――その迷いはどのように解消されたんですか?

浅沼 夏目監督と、音響監督の木村絵理子さんと一緒に、ディスカッションをさせていただきました。今思えばそれはとても有意義な時間で、あの話し合いがなければ消化不良に終わっていたと思います。具体的に言うと、前作ではBGMのごとく右から左に高速で流れていくようなナレーションでしたが、今回はSF部分の解説だったり、状況説明なども担っているぶん、もっと丁寧に聴かせていいという説明を受けました。また、夏目監督からは「実は本作の『私』は成長しているんです。それは原作者の森見登美彦先生にも心境の変化があって」というお話を聞いて、そこで自分でも納得しました。「なるほど、12年前の「四畳半神話大系」の世界へ無理に戻ろうとしなくても別にいいんだ、これは違う作品なんだ」と。違う作品というと寂しく聞こえるかもしれませんが、これは『四畳半タイムマシンブルース』という別の物語であり、ここから新しく「私」を作っていく気持ちでいいんだと受け入れてからは、わりとすぐに自分のなかに役を落とし込めた気がします。それまで悩みながら演じていた部分も、改めて録り直していただいたりしました。

――夏目監督は「四畳半神話大系」6話のコンテ・演出を担当されていましたが、浅沼さんは夏目監督の存在はご存知でしたか?

浅沼 夏目監督が「四畳半神話大系」に参加されていたことは存じ上げていましたが、ちゃんとお話をしたのは今回が初めてです。

――今作で、特に印象に残った場面はありますか?

浅沼 TVシリーズに比べて、それぞれのキャラクターがいつも同じ立場で、同じ時間を一緒に過ごしているので、より大学生っぽさが出ていると思います。それもあって、キャラクターが一堂に会しているシーンは好きですね。TVシリーズでは、話数ごとにキャラクター同士の出会い方や関わり方、ともすれば肩書が違う場合もあったので、1回ごとにリセットしている感がありました。でも、今回の小津は悪友の小津のままだし、明石さんも後輩の明石さんのままで、樋口師匠はずっと謎の大先輩。物語の最初から最後までその状態が続いていることが、この「四畳半」の世界においてはすごく新鮮なことでしたし、一緒に時を過ごしている感がとても強かった。だから、みんなで銭湯に行くくだりとか、好きな場面はけっこうあります。