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実写をやっている自分だからこそのアニメを作ろうと思った

― 今回のアニメーション映画『100日間生きたワニ』の原作「100日後に死ぬワニ」は連載中から愛読していたそうですね。

上田 連載2日目から読み始めました。最後に「死まであと〇日」という一文があることによって、4コマが違った見え方になるということ。この先どうなるんだろうという期待と不安。そして毎日1本上がっていくことで、僕らの1日とワニ君の1日が重なるというリアルタイム性がすごく面白くて、毎日楽しく読んでいました。

―4コマ漫画を長編アニメーションにする大変さは相当なものだったと思います。

上田 原作の4コマ漫画は100本ありますけど、単に連打しても断片的なダイジェストにしかなりません。それを再構成して、一つのストーリーにするのが最初の大きな壁でした。

―原作の持つ独特の間や空気感を表現するのも難しかったのではないでしょうか。

上田 仰る通りです。コマとコマの間に、間や余白があり、読んだ人はそれぞれの解釈を言いたくなります。その間や余白、時間の流れを映画で表現したかったんです。

―上田監督にとっては初めてのアニメーション作品ですが、事前にどんな映画にしようと考えたのでしょうか?

上田 普段は実写畑なので、アニメならではの表現を突き詰めても、ずっとアニメを作り続けている方にかないません。実写をやっている自分だからこそのアニメを作ろうと思って、「素朴な邦画」のようなアニメーションを目指しました。

―素朴な邦画とはどのようなものでしょうか?

上田 劇的なことは起こらないけど、そこに流れる時間だったり、やり取りだったりを慈しむような映画です。その意図を声優さんに伝えて、一般的なアニメーションよりもたっぷりと間を取っていただきました。セリフ回しもアニメーションにバキッと当てるよりは、セリフとセリフの間の息遣いだったり、不意に出た言葉だったりを活かしました。

高校時代に制作した自主映画や舞台で高評価を獲得

―学生時代のお話を伺います。いつ頃から自主映画を制作していたんですか?

上田 中学生の頃から撮っていました。家にオヤジのハンディカムがあったので、放課後に友達と集まって、観たばかりの映画を真似して撮って、そこに音楽もつけて、みんなで観ていました。そのときは映画のようなものに憧れて、カメラを振り回していただけでした。でも高校生になって初めてクラスメイトをキャストにして短編映画を作って、文化祭で上映しました。

―反応はどうでしたか?

上田 すごく良かったです。高校の文化祭って、たこ焼き屋さんとかお化け屋敷とか、クラスで出し物をするじゃないですか。僕のクラスは3年間、僕が監督で映画を作って、3年連続で「最優秀出し物賞」に選ばれました。

―それはすごいですね!どんなジャンルの映画だったんですか?

上田 高校1年生のときは約30分の青春映画、2年生のときは約60分の青春映画、3年生のときは約120分の長編で、タイムスリップものの戦争映画を撮りました。

―毎年、上映時間も長くなって、題材も壮大になっていますね。

上田 学校の文化祭だけではなくて、地元のホールを借りて上映会もやってましたし、3年生のときは地元の新聞社に取材もしてもらいました。

―その頃から将来の夢は映画監督だったんですか?

上田 映画を撮ることが楽しかったから撮っていただけで、映画監督って職業は意識していなかったです。映画監督という職業を意識したのは、高校卒業後の進路をどうするか考えたときです。

―高校時代は演劇部にも所属されていたそうですね。

上田 僕らの映画を観た演劇部の顧問から、「うちの演劇部に入って欲しい」と誘いを受けまして。なので入部したのは2年生の終わりぐらいでしたが、3年生のときに演出・主演をした演劇が、近畿で2位になれました。

―入部して数か月で、そこまで結果を残したんですか!でも映画と演劇ではアプローチも全く違いますよね。

上田 今回の『100日間生きたワニ』にも繋がる話かもしれませんが、ずっと僕は映画が好きだったので、映画制作のアプローチのまま演劇をやりました。それが逆に新鮮だったんだと思います。すごく転換の多い演劇で、映画のカット割りのごとく展開して、音楽もガンガン流れる。演劇のセオリーも知らなかったので、映画で培ってきたものを置き換えてやって、それが評価されたんです。

25歳までは失敗ばかり。でもその経験が後に活きてきた

―高校卒業後は映像系の学校ではなく、英語の専門学校に入学したそうですね。

上田 3年生のときに演劇で成績を残したので、大学からスカウトがきました。ただ当時の僕は生意気だったので、「世界に行こう」と思ったんです(笑)。まずは英語の勉強をしようと思って、英語の専門学校に進学しました。でも馴染めなくて2か月で中退して、そこからはフリーターでした。

―実際、海外には行かれたんですか?

上田 結婚してハネムーンでハワイに行くまで、一回も海外に行ったことがなかったです(笑)。英語も全く話せないです。

―フリーター時代はどんな活動をしていたんですか?

上田 映画監督を目指して20歳で上京しました。でも具体的に何をしていいか分からず、24歳までフラフラしていて、その間、1本も映画を撮らなかったです。しかも2回にわたって大きな借金を背負いました。1回目はマルチ商法みたいなものに足を突っ込んでしまって200万ぐらい借金を背負って、友達と家とお金を失いました。一時期は代々木公園でホームレスみたいなこともしていました。

―それだけの借金を背負って、また借金を重ねたんですか?

上田 そうなんです。何とか借金を完済した後、あるコンクールに応募したら出版社の人と知り合って「本を出しませんか?」と言われました。ただし、「お金は160万円かかりますよ」と(笑)。借金をして23歳で小説を出したんですけど全く売れませんでした。実はマルチ商法に引っかかったのは映画を作る資金を貯めたかったからでした。小説を出したのも、小説家としてスターになれば、映画を撮れるんじゃないかと思ってのことでした。

―映画を撮りたいという気持ちにブレはなかったんですね。

上田 映画監督になるために上京したのにフラフラ借金ばかりして俺は何をやっているんだと猛省しました。それで24歳のときに、初心に帰って映画に集中しようと思って、mixiで見つけた自主映画製作スタッフの募集に応募しました。ようやく自主映画団体で映画作りを始めるんですけど、生意気だったので、3か月ぐらいで独立したんです。自分で映画製作団体「PANPOKOPINA」を結成して、映画祭に応募して、賞をいただくうちに、『カメラを止めるな!』に繋がっていきました。

―監督自身が映画の主人公みたいな、波乱万丈な半生だったんですね。最後に、ティーンにメッセージをお願いします。

上田 今お話ししたように25歳までは失敗だらけだったんです。でも、その失敗が25歳を過ぎた後に、ものすごい勢いで利息がついて返ってきました。みなさんも若い頃は失敗を集めるつもりで生きるといいんじゃないかと思います。失敗しないように生きることが、失敗になる可能性もありますから。失敗を集める気持ちで生きたほうが気も楽ですよ。

Information

『100日間生きたワニ』2021年7月9日(金)全国公開
監督・脚本:上田慎一郎、ふくだみゆき
原作:きくちゆうき「100日後に死ぬワニ」
コンテ・アニメーションディレクト:湖川友謙
音楽:亀田誠治
主題歌:いきものがかり
アニメーション制作:TIA
声の出演:神木隆之介、中村倫也、木村昴、新木優子、ファーストサマーウイカ、清水くるみ、Kaito、池谷のぶえ、杉田智和、山田裕貴
配給:東宝
©2021「100日間生きたワニ」製作委員会
2020年3月20日、原作「100日後に死ぬワニ」の連載が最終日を迎えた。2019年12月12日から、原作者きくちゆうきのTwitterに100日間毎日投稿された何気ないワニの日常を綴った4コマ漫画の最終話は、いいねの数が214万という国内Twitterの歴代最多数を記録、エンゲージメントは2億を超えた。その100日間のワニの日常と、そこから100日後の大切なものを失った仲間たちの姿を描いたアニメーション映画『100日間生きたワニ』がスクリーンに登場。監督・脚本は、原作に込められたメッセージに強く共感し映画化を熱望した『カメラを止めるな!』の監督・上田慎一郎とアニメーション監督としても活躍するふくだみゆき夫妻。主人公ワニの声には神木隆之介、親友のネズミに中村倫也、同じく親友のモグラに木村昴、ワニが恋するセンパイ役に新木優子、そして映画オリジナルキャラクターのカエルに山田裕貴と、豪華俳優陣らが集結した。

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上田慎一郎(うえだ しんいちろう)

映画監督/株式会社PANPOCOPINA(パンポコピーナ)取締役

1984年4月7日生まれ。滋賀県出身。中学生の頃から自主映画を撮りはじめ、高校卒業後も独学で映画を学ぶ。2009年、映画製作団体PANPOCOPINA(パンポコピーナ)を結成。数々の短編映画を手掛け、国内外の映画祭で20のグランプリを含む46冠を獲得する。2018年、初の劇場用長編映画『カメラを止めるな!』が2館から350館へ拡大する大ヒットを記録。主な監督作に、『イソップの思うツボ』(2019年 ※共同監督作)、『スペシャルアクターズ』(2019年)、新作『ポプラン(仮)』が公開待機している。

Photographer: Atsushi Furuya,Interviewer: Takahiro Iguchi