BiSの活動は1年間の長期公演みたいな感覚だった

――声優の専門学校にはどれぐらい通ったのでしょうか。

ウイカ 1年で中退しました。思ってたのと違ったというか、クラスメイトとなんだか温度差があって。アニメが好きな子とか、声優さんが好きな子がたくさんいて、友達としてはいい出会いがあったんですけど、「みんな本当に声優になりたいのかな?」って思っちゃったんですよね。たとえば声がめっちゃ小さくて、照れてもじもじして何も言えない人とか、セリフを覚えてこいと言われているのに覚えてない人とか……。ここで1日を過ごしてもあまり得るものはないなと、2年目も学費を払う意味がないと思ったんです。それを信頼している先生に相談したら、「うん、ウイカはここじゃないと思うから、辞めていいと思う」と言われて(笑)。「ですよね。じゃあ、ありがとうございました」と言って辞めて、劇団一本にしました。それからはバイトをして、100万貯めてから上京しました。

――どんな劇団だったのでしょうか。

ウイカ 社会人劇団だったので、みんな仕事をしながらやっているんです。しかも京大卒の先輩がいたりとか公務員とか頭のいい人ばかりで。みなさんきちっと就職されていて、自分の限られたプライベートの時間を演劇に注ぎ込むような劇団員が多かったです。

――お芝居のレベルはどうだったんですか?

ウイカ もともと大学のサークルから派生した劇団で、みんな時間の使い方も効率的だし、お芝居も上手いんです。私は高卒で、芝居のしの字も分からない状態で入って、そこで演技だけじゃなく、小道具の仕込み方や衣装のノウハウなど、ひと通り教えてもらいました。ただ今思い返しても、下積みという感覚はないんですよね。ゼロから始まっているから、ずーっと上がり続けている。下積みって地底でじっとしているような印象がありますけど、日々積み上がっている積み木の状態だから、その瞬間瞬間が頂点な訳です。

――社会人劇団だとプロ志向の人もいなかったんですか?

ウイカ そうなんです。それも上京した理由の一つでした。みんなは家庭を持っていたり、安定した職についているから、劇団がライフワークなんですよね。人生を彩る一つの手段として演劇をしているんです。私はそこで約5年間ノウハウを学んで、なんとなく形が見えてきて。当時22歳だったんですけど、「一生バイトをしながら、この劇団を続けるほど、演劇だけが好きか?それでいいのか?」と思って。22歳って大きなボーダーラインがあって、現役で入っていたら大学を卒業する年だから社会人の一歩っていうのもあるし、当時オーディションの応募資格の上限も22歳が多かったんですよ。なんなら18歳で切られることもあるから、書類審査も通らなくなってくるんです。当時は事務所にも所属していなかったから、チャレンジするんだったら東京へ行こうと思って、上京しました。ちなみに今も劇団は辞めてないので籍は残っています。

――いつか劇団に戻ろう、みたいな気持ちもあるんですか?

ウイカ というより、私が将来有名になることで、当時出ていた舞台のDVDが売れて、劇団に1円でも利益があったら、恩返しになったりするかなと思って、劇団にデメリットがないならと、籍だけ残しているんです。

――その後は、「BiS」「BILLIE IDLE®」と2つのグループで活動しますが、アイドル活動をしている時も、お芝居に対する思いは常にありましたか?

ウイカ BiSでのアイドル活動も劇団と繋がっていて、加入する時点で「来年解散するからね」と言われていたので、1年間の長期公演みたいな感覚でした。ずっとアイドルになりたかったかと聞かれるとそうじゃないし、純粋無垢なアイドルかと言われるとそうではないし。ただ歌ったり、踊ったり、ライブしたりが好きなので、アイドルを職業として捉えていました。

――アイドルをやること自体に抵抗感がなかったんですね。

ウイカ お芝居もアイドルも、みんなを笑顔にしたいという思いに変わりはないですし、同じエンターテインメントという枠なので、そこには何の迷いもなかったです。その後のBILLIE IDLE®ではアイドルという枠組から飛び出して、音楽ユニットとしてさらにエンタメの幅を広げて表現できていた5年間でしたね。