歌詞にはメッセージを込めないようにしている

――発売前から重版がかかるほどの話題作となっている初のエッセイ『余拍』ですが、本を出したいと以前から思っていたんですか?

川上洋平(以下、川上) そういう機会があればというくらいで、自分から「お願いします」ということはなかったです。ただ、SNSよりも長くて、歌詞ではない文章を書き記したいという思いはあったので、お話をいただいた時は「いいな」と思いました。

――タイトルの『余拍』には、曲が始まる前の、何が起きるかわからない瞬間のワクワクを込めたとお聞きしました。他にはどういった思いが込められているのでしょうか?

川上 『余拍』という言葉の響きが単純に好きで、いつか何かに使おうとスマホにメモった言葉のひとつでした。『余拍』ってサイズ的には小さい単語だと思うんですよね。だから、曲のタイトルにはしにくいなと考えていたんです。でも1個垂らすとピンと広がるような雰囲気、それだけでは伝わりきらないけれど、それがきっかけに広がっていくような、そういう意味を持った単語という思いもあったので、「(タイトルの)候補ありますか?」と言われた時に、とりあえず『余拍』と答えたんですけど、最終的にはそれが採用されました。

――この本の内容にぴったりのタイトルだと感じました。文章も非常に読みやすかったのですが、分かりやすさは意識されましたか?

川上 自分が楽しみながら気持ちを書けるか、あとは曲を書くよりも相手のことを意識していたので、自然とそうなったのであればうれしいです。

――幼少期から現在に至るまでのことを中心に書かれていますが、昔のことを振り返る作業はいかがでしたか?

川上 とくに大変ではなかったですね。親に「俺ってどんな赤ちゃんだった?」と、聞きに行ったりしましたけど、振り返る作業は面白かったです。後は、お兄ちゃん、お姉ちゃんにも聞いたりもして。シリア時代は長いこと忘れていたんですが、「ああ、そうだった。こんなところに住んでいたな、俺は」というように思い出して楽しみながら書きました。

――川上さんは[Alexandros]で、ほぼ全楽曲の作詞作曲をされていますが、エッセイや文章に関しては作詞ほど時間をかけずにスムーズに書けるともお聞きしました。

川上 歌詞に関しては今までが奇跡だなと思うくらい、やり方が本当にわからないんです。まず曲があって、「この曲に合う言葉はなんだろう?」と考えながら歌詞を書くんですけど、音に合わせて綴らなくてはいけないから、思いだけでは書けない。その点、エッセイを書くのは意外と制限がなくて、むしろ(文章を)削られるくらいで(笑)。制限があるほうが大変なんだなとこの本を書いた時に思いましたね。

――歌詞を作る上で、メッセージ性も大切にしていますか?

川上 メッセージはないんです。歌詞にはメッセージを込めないようにしているというか。伝えたいことはブログや本で書けばいい話で、もっとピュアな、自分が本当に出したいものの探求だと思っています。だからメロディーってその最たるものなんです。無機物じゃないですか。でも、その無機物は有機物だということを証明するために言葉で説明する。その探求、追求というのは難しいなと思っています。「なんでバラードをやさしいメロディーで書いたんだろう」というところから紐解いていくというか。曲を作ってから、歌詞を書く……作業が二段階あるんですよね。そういう意味では違う脳みそと体力を使っています。

――本書の中では数多くのエピソードが盛り込まれていますが、特に印象に残っているものを教えてください。

川上 路上ライブ時代、ヒップホップの格好をした兄ちゃんに「しょぼ」って言われたエピソードはいまだに残っています。感謝しているところもあるんですよね。正直に、むしろ初めて感想を言ってくれたお客さんだったから。当時はバンドやっているだけで満足しているところがあったけど、「人様の時間や場所を借りて音楽を奏でている。だから、そこでうけないといけないし、好きになってもらわなきゃいけないんだな」ということを改めて教えられたというか。小さなエピソードなんですけれども、めちゃくちゃ大きい影響を受けました。

――自分の作品に対して第三者から直接面と向かって言われることって、あまり経験しないですよね。

川上 そう、ないんですよ。ネットで言われたりするのは今もありますけれども、目の前で演奏中に言われるほど、(心に)くるものはないです。「俺たちはここから本当に不特定多数の人たちに向けて発信していくんだ」ということを実感した瞬間かもしれないです。