30歳になったら親から何も言われなくなった

――今年6月は「マイナビラフターナイト」の月間チャンピオンになり、昨年12月には「ムゲンダイユースカップ」で優勝されました。上昇気流に乗っている手応えを感じますか?

脇田 とろサーモンさんとか、スーパーマラドーナさんとか、先輩の楽屋にご挨拶で伺った時に「お~! ついに会えたな」と言ってもらえることが増えたので「ちょっと名が知れてきているかな」と思います。

浜中 先輩の芸人さんたちに「面白い」と評価していただけるようになって、いい感じの空気は感じています。ありがたいですね。

――コンビを組まれた年は、浜中さんは芸歴11年目、脇田さんは12年目です。年齢が経ってから組まれたことで良かったことはありますか?

脇田 お互いおじさんなので、変な揉め方はしないですね。

浜中 解散を含めいろんな経験を積んできていることですね。「これが最後だ」という覚悟も違います。

――前のコンビを解散してから、結成するまでの間はどんな活動をしていましたか?

脇田 僕は1年半ぐらい、ただただバイトをしていました。暗黒の時代です。

浜中 僕は1年ぐらいピンで出てました。音楽をかけて「黒ひげ危機一発」の剣を刺さないで踊り狂うというネタです。全くウケなくていつも最下位でした。同じく暗黒の時代です(笑)。

――暗黒同士がコンビを組んだんですね(笑)。お笑いを目指したきっかけを教えてください。

脇田 僕はラジオです。全寮制の刑務所みたいに厳しい高校で、漫画もテレビもすべてのエンタメがNGだったんです。そこに小さいラジオを持ち込んで、ナインティナインさんのオールナイトニッポンを聴いていました。

浜中 僕はサッカーに夢中だったんですが、「サッカー選手になるのは厳しいな」と思い始めた頃に、テレビでとんねるずのノリ(木梨憲武)さんがPK対決をやっているのを見て「お笑い芸人になったらサッカーもできるんだ、これだ!」と思ったのがきっかけです。

――サッカーは高校に入ってからも続けていましたか?

浜中 高校1年生まではやっていました。辞めてからは、同級生と土手に溜まったりして、ちょっとよくない方向に行っちゃいましたね(笑)。

――浜中さんは千葉商科大学を卒業されてから、NSCに入学されたとのことですが、お笑いの場で高卒と大卒の違いを感じることはありますか?

浜中 高卒の人はまだ若いので、辞める人がめちゃくちゃ多いんです。大学を出ている人は責任感が強いし、勉強をちゃんとしようとか、そういう考えの人が多いように感じました。だから、吸収できるスピードは速いと思います。

――脇田さんは全寮制の高校を卒業後、NSCに入ったのですか?

脇田 僕は高専に通っていたのですが2年留年してしまいまして……。卒業するために単位制の高校に編入しました。だから20歳で高校を卒業したんです。

――じゃあ、20歳でお笑いを目指したんですね。

脇田 いや、そこから工場で働いて、お金を貯めて上京したんです。でも、こっちに出てきてからもネタも作らずお笑いの友達と「ネタとか、思いついたら最高だよな!」とか、ひたすらグダグダする日々を2年間過ごしていました。さすがにヤバいと思って「NSCに入ろう」って決断したのは25歳の時です。25歳って、これでダメだったら諦めようという区切りの年なんですよ。

浜中 最近はその年齢が延びてる気がしますね。

脇田 親から「そろそろ辞めたら」と言われるのは30歳で終わりました。それまでは、1ヶ月に1回ぐらいのスパンで電話してきて、「知り合いが市役所で働いてるから、声かけようか?」とか斡旋みたいなことを言ってましたが、30歳を超えたら「こいつ辞めない気だな、本気なんだな」と諦めたらしくピタリと止まりました。

――今はどうなんですか?

脇田 今は僕がテレビに出るとめっちゃ喜んでくれますね。

――浜中さんはどうですか?

浜中 僕の親も、最初の頃は「もうそろそろ辞めたほうがいいんじゃない?」と言ってましたけど、今は応援してくれてます。