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アポなしでイベントに飛び込んだデビューライブ

――DOTAMAさんは県立の進学校に通っていましたが、働きながら大好きなラップに打ち込みたいという思いから大学進学はせず、高校卒業後は就職を選んだとお聞きしました。就職先はホームセンターだったそうですが、なぜこの職種を選んだのでしょうか?

DOTAMA 安直でお恥ずかしいのですが、家から近いというのが一番の理由です。もともと園芸やペットなどが好きなのもあって、結果的に10年間お仕事させていただきました。

――どんなところにやりがいを感じていたんですか?

DOTAMA 自分自身の経験を踏まえた感想ですが、地方在住の企業に勤める社員は、接客、経理、棚卸しなど、若いときにまず何でも任されます。お客様に商品を説明するために、自宅で園芸をやってみたり、ペットの勉強をしたり。いろいろ必死にやっていましたし、そこにやりがいもありました。

――会社員として働きながら、2005年にソロ名義で初の音源「DOTAMATICA EP」をリリースされます。

DOTAMA 当時、自分の楽曲をライブでやるにしても、まとまった作品を作った方がいいと思って、いわば名刺代わりに作らせていただきました。

――デビューライブはどんな感じだったのでしょうか?

DOTAMA 地元の栃木県足利市に「BBC」というライブハウスがあって。そこで開催していたイベントにいきなりお伺いして「ライブをやらせてください!」と直談判しました。どうしても歌いたいという熱量だけで、いきなり飛び込んで行ったんです。

――事前のアポ取りもなくですか(笑)。

DOTAMA これも大変お恥ずかしいのですが、してませんでした。もちろんイベントの主催者からは「当日飛び入りなんてダメに決まってるだろ」と一蹴されたんですけど、「心意気は買う」と5分間だけ時間をもらったんです。イベントを主催されていたDJのU-ONEさんには心から感謝しています。そのとき出演していたDJの方がDJ SHADOWの「Organ Donor」をかけて、これをバックに無理やり、自分の持ち歌を歌ったんです。それがデビューライブですね。そのときのDJがDJ UGで、後の僕の最初のライブDJです。その方とは群馬県桐生市にあったクラブ、BLOCKさんで一緒に「ENCOUNT」というイベントをスタートました。15年以上前の出来事です。

――何が縁になるか分からないものですね。当時、地元のヒップホップシーンは盛り上がっていたんですか?

DOTAMA 今もそうですが、盛り上がっていましたね。当時、ラッパーのJERU THE DAMAJAが群馬のLEVEL-5というクラブに来日したのを見に行ったのですが、200人以上お客さんがいてパンパンでした(オーナーの阪田さんのご冥福を心から祈りします)。僕がよく遊びに行っていたのは栃木と群馬の県南エリアなのですが、他の地域もそうですし、イベントの数はもちろん、DJもラッパーも多かったですね。

――会社に音楽活動をしていることは公表していたんですか?

DOTAMA 言うつもりはなかったんですけど初っ端にバレました。ジャズベーシストのOLD MACHINEという方が同じ職場にいて、後に共作もするんですけど、彼が会社の人に「新しく来た福島くん(※DOTAMAの本名)、ヒップホップやっているらしいよ」って話しちゃったんです。それが社内に広まってしまいました。

――MCバトルにはどういうきっかけで出始めたのでしょうか。

DOTAMA 名前を知ってもらうためです。高校を卒業して、会社にも慣れてきたので翌年からMCバトルに出始めました。言い方は乱暴かもしれませんが、MCバトルは広告です。魂を込めたライブや我が子のような作品を聴いてもらうために、まずは自分の存在を知ってもらおうと、深夜のクラブに行って、MCバトルに参戦していました。

――MCバトルの時はスーツ姿だったんですか?

DOTAMA 普通に私服のときもあれば、仕事帰りでワイシャツにチノパンみたいなときもありました。2005年から「UMB(ULTIMATE MC BATTLE)」が始まって、そこに僕も飛び込んでいったんですけど、ラップスタイルと、こういうルックスなのも相まって、面白がってもらえてはいたのかなあと。あの頃のバトルを振り返ると恥ずかしいのですが、どうなんでしょう(笑)。

――いかついラッパーが居並ぶ中にDOTAMAさんが出てきたら、そりゃあ盛り上がりますよね。

DOTAMA いえ。自分のスタイルがいわゆる、カウンターだったとは思いません。自分は自分のスタイルを貫いているだけなんです。個人的な考えですが、ヒップホップは人生や生活のリアル、感じたことを音楽にする文化です。スーツで普段ライブするのも、自分の生活の大半を占める、お仕事のメンタリティを表現するためです。単純にスーツは気合が入る、というのもありますが。外見や方向性の違いはあれど、格好良ければヒップホップ、という精神もあると思います。もちろん色んな意見があるのでこれも絶対ではないかもしれません。ただ、その多様性こそがヒップホップの懐の広さだと思っています。そんなヒップホップが自分は大好きなんです。

挑戦していく姿勢で掴んだチャンス

――会社員をやりながら、MCバトルやライブに参加して、作品もリリースするという生活を、よく10年も続けられましたね。

DOTAMA 楽しかったですが過酷でしたですね。ライブイベントは週末に多いんですけど、ホームセンターは土日も出勤なので休めないんですよ。だから土日は夜中にライブをやって、ちょっとだけ仮眠をとって仕事場に行くことが多くて、平日の休みにレコーディングをしていました。

――いずれは会社を辞めて音楽1本でやろうという気持ちはあったんですか?

DOTAMA その頃はあんまりなかったです。ただ2011年に東日本大震災があって、自分も20代後半にさしかかって、いろいろ人生について考えたんです。ありがたいことに東京でのライブのオファーもコンスタントにいただけていたので、もうちょっと音楽を頑張ってみようかなと思って、2012年に脱サラして上京しました。ただ生活はキツかったですね。バイトなどをしながら音楽活動をしていたんですけど、お仕事のオファーをいただけて本当に有り難かったのですが、爆発的に知ってもらえるわけじゃないですし、なかなか音源も出せないし。精神的にも追い詰められていました。

――確かに2010年4月にファーストアルバム『音楽ワルキューレ』を出しますが、セカンドアルバム『ニューアルバム』のリリースは2015年8月と、5年半近く間隔があいています。

DOTAMA 2013年9月にラッパー、ハハノシキュウとWネームで『13月』というアルバムはリリースさせてもらっているんですけど、なかなかソロ名義は出せなくて。楽曲は沢山作っていたんですが、当時所属していたインディペンデント音楽レーベル「術ノ穴」のクシマ社長(トラックメイカーデュオ「Fragment」のKussy)からはあまり良い反応がもらえず、煮詰まっていったんです。

――具体的にどのようなことがあったのですか?

DOTAMA セカンドアルバム制作時に、ファーストアルバムのタイトル曲「音楽ワルキューレ」の続編を作ったらどうか、という提案があったんです。音楽不況そのものをテーマにしたこの曲を「面白い!」と仰ってくれて。後にこのタイトルはシリーズ化させてもらうんですが、「音楽ワルキューレ」と同じく、続編のビートも社長達、Fragmentが制作してくれて。ただ、2013年当時の自分は、音楽でなんとか生活させてもらっているのに、音楽不況を今さら歌う必要があるのか、と考え込んでしまったんです。そうやって他の曲が出来上がっていく中、アルバムの核となる存在の「音楽ワルキューレ」の続編だけが出来ず2年が過ぎて。そうした社長とのやりとりが続いていって、僕も書きたい内容が固まって。そうして出来た楽曲が「音楽ワルキューレ2」です。プロモーションを考える中、MVも作ろうという話になり、学校をお借りして撮影したりと、有難いことにそれまでかけたことない製作費で制作させてもらいました。

――何か勝算はあったんですか?

DOTAMA なかったです。当時は全然お金もなかったし、MVを作って回収できる見込みはあるのかと不安もありました。ところが『ニューアルバム』をリリースした翌年に『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)へ出演させていただいて。有り難いことに、それによって多くの方に自分の姿を見てもらうきっかけが出来たんです。そこに「音楽ワルキューレ2」のMVがあった。地道に努力することも大切ですが、時には意を決して挑戦していく姿勢も重要だと、そのとき感じました。

――今年4月から太田プロダクションに所属しましたが、どういうきっかけがあったのでしょうか。

DOTAMA 実は4年前にも声をかけていただいたんですけど、芸能事務所さんのお仕事というのはとても大変なお仕事で、自分には務まらないと思って、そのときはお断りしました。あれから4年経って、様々な経験を積ませていただき、このタイミングでまたお声がけいただいて。僭越ながら、今の自分にだったらちょっとはやれることがあるんじゃあないかと、お受けさせていただきました。

――ラジオのパーソナリティー、役者、声優など、多彩な活動をしていますが、今後も音楽以外のお仕事に、積極的に携わっていくんですか?

DOTAMA いただいたオファーは拒まずに、やらせていただききたいです。ただ、自分はラッパーです。作品の発表やライブを変わらず、そういったお仕事をフィーバックしながら、ブレずに続けていきます。是非チェックしていただけたら嬉しいです。

Information

DOTAMA 2マンLIVE
「社交辞令vol.15」

場所:渋谷O-nest
日時:2021年6月26日(土)
OPEN / START:17:15 / 18:00
出演:DOTAMA 晋平太 & DJ MASTERKEY
前売:3,300円+1D / 当日:3,800円+1D
チケット購入はイープラスから

イープラス

DOTAMA YouTube公式チャンネルにてMV公開中!
DOTAMA「Kingsman」feat.晋平太 & DJ MOTOHIRO

MV

DOTAMA

ラッパー

1984年生まれ。栃木県出身。「ULTIMATE MC BATTLE 2017」全国大会チャンピオン。TV番組『フリースタイルティーチャー』(テレビ朝日系)出演中。これまでソロ作品6枚を含め、計11枚の単独ラップアルバムを発表。現代社会を前向きに、時にシニカルに。卓越した音楽性とスキルフルなラップで表現する。ラジオDJ、俳優など活動の場を広げている。今年4月より、芸能事務所「太田プロダクション」に所属したのが話題に。

Photographer:Yuta Kono,Interviewer:Takahiro Iguchi