高校時代は常に漠然とした不安があった

――楓さんはどんな高校生でしたか?

楓 高校のときって、進路選択のたびにどんどん自分の選択肢が狭まっていくじゃないですか。理系・文系で受験できる大学は違うし、大学や学科によって就ける職業も違ってくる。私は子どものときから建築家になりたいと思っていたので、その夢を軸に進路選択したんですが、それでも選択肢が狭まっていくと漠然とした不安がありました。毎日、あみだくじを下りていくような感覚でした。

――あみだくじ?

楓 あみだくじって、下に行けば行くほど答えに近づくけれど、そのぶん遠いところに行けなくなるじゃないですか。毎日そんな気持ちでした。

――建築家の夢があっても、不安は消えなかったのでしょうか?

楓 私、中学校までは何にでもなれると思ってました。医者でも弁護士でもお花屋さんでも、自分が目指せば何者にでもなれる選択肢がすべて残っていた。けれど高校になってだんだん選択肢が狭まると、「本当に何かになれるのかな?」って不安になってきました。今これだけ勉強した先にいったい何があるんだろうって。そんなことを考えている高校生でした。

――その頃は、将来的に性別を変える気持ちはありましたか?

楓 ありませんでした。けれど、自分の性別に違和感はありました。

――トランスジェンダーであることを自覚されていたのでしょうか?

楓 あるとき性別移行についてネットで調べていたら、トランスジェンダーという言葉が出てきて、「自分はこれだったんだ!」と違和感の正体を発見しました。それまでは「私ってニューハーフなのかな?」と思っていて、でもニューハーフって言葉もなんだか違う気がしていました。トランスジェンダーというカテゴリがあり、そういう人たちが存在していると知って、自分を説明できる言葉がわかったような気がして安心しました。

――楓さんが高校生だった10年前は、今ほどトランスジェンダーへの理解が広まっていませんでした。

楓 そうですね、イジる風潮はあったと思います。だけど当時、映画にも出演してくれたはるな愛さんが24時間テレビでマラソンを完走して、笑いを取るだけじゃないトランスジェンダーの側面を、身をもって示されていたんですね。今振り返れば、少しずつ世の中が変わりはじめている、そんな初期微動があったと思います。

――今、性別に違和感を持つティーンの方に言葉をかけるとしたら、なんと言いますか?

楓 ティーンだと、第二次性徴で喉仏が出てきたり髭が生えてきたり、ジェンダーのことですごく悩むと思うんですよ。ずっとジェンダーのことを考えていると、自分のアイデンティティの中心がジェンダーになってくる。だけど私は、ジェンダーは“自分を形作る要素のひとつ”でしかないと思うんです。

――ジェンダーがすべてではない、と。

楓 自分のジェンダーを生きることはもちろん大切ですが、それだけに捉われると、夢や他の大切なことを見失いかねない。だからジェンダーのこと“だけ”を考えてほしくはないな、と思います。