就職活動中に抑うつ状態に陥る

――今はSNSを発散の場に使う学生も多いですよね。

姫野 自分の高校名やクラスを記載しているアカウントがたくさんあってびっくりします。私はライターとして顔や本名を公開していますが、一般の方はできればハンドルネームを使って、個人が特定されるような情報を載せるのは避けたほうが良いと思います。投稿している本人に自覚がなくても、どんな嗜好の人がどういう目で見ているのかわからないので危険です。

――生きづらさを抱えている地方の学生が、学生生活を乗り切るコツは何でしょうか?

姫野 私の場合は、ひたすら諦めることでやり過ごしていました。大学生になって家を出たら、絶対に一人暮らしの自由な生活を送りたい。今までの自分のことを誰も知らない場所でやり直すんだという強い気持ちを持って耐えました。早く自立をしたいという想いを親に見せつけるために、高校生の頃は毎朝5時半に起きて自分でお弁当を作ったりしていました。

――それで上京して女子大に入られたんですね。女子大の印象はどうでしたか?

姫野 それまでは女子大というものに対してドロドロとしたイメージを抱いていたのですが、入学してみるとサッパリした子たちばかりで、とても居心地が良かったです。何より、クラスというものがないのが一番ラクでした。

――バイトはいつ頃から始められたのでしょうか?

姫野 大学に入ってすぐに家庭教師のバイトを始めました。ですが、家庭教師のバイトは時給こそ高いけれど、週に何コマも授業をしなければまとまった金額を稼ぐことはできないので、2年生の半ば頃から出版社でもバイトをすることにしたんです。出版社はすごく時給が良いというわけではなかったのですが、自由で居心地が良かったので就職する直前まで続けていました。早めに単位を取得したので、3年生になって時間ができてからは週5で働くこともありました。

――なかなかハードですね。在学中は出版社への進路を考えていたのでしょうか?

姫野 出版関係へ進みたい気持ちもあったのですが、実際に就職したら夜遅くまで編集業務に追われて、大好きなバンドのライブに行く時間を捻出するのが難しそうだったので諦めました。周りの友人たちのほとんどが一般の事務職を希望していたので、私も流されるようにして事務職を選びました。

――就職活動中に抑うつ状態に陥り心療内科を受診したと書かれていますが、受診にいたるまでに周りからの勧めなどはありましたか?

姫野 周りから促されるようなことはなく、自ら病院に電話をかけました。自分の発する危険信号には鈍いタイプだったので、面接に落ち続けて食事がほとんど摂れず、眠ることができなくなって初めて「もうダメだ」と思ったんです。

――心療内科に通いながらの就職活動は辛いですよね。

姫野 かなり辛かったです。処方された抗うつ剤や睡眠薬も効いているのかどうかもわかりませんでした。卒業が差し迫る中、親からは「就職できないのだったら実家に戻って来て祖母の介護をしなさい」と言われ、とにかくどこかしらに就職しなければと思って無理やり身体を動かしていました。

――OLとして建設系の会社に入社されましたが、どうでしたか?

姫野 入社して半年ほどで、ここで一生働き続けるのは無理だと思いました。普通なら難なくこなせる事務職でも、わたしは発達障害のせいでケアレスミスが多く、経理の計算もなかなか合いませんでした。次第にストレスが溜まっていき、朝礼の度に倒れるようになってしまいました。

――同僚に相談などはしなかったんですか?

姫野 周りの社員は私の病気のことを知らないので、ラクな内勤の仕事をしているのにどうして倒れるんだという白い目で見られていました。心配されるよりむしろ責められていたので、とても相談できるような環境ではありませんでした。

――そんな辛い状況の中で投稿された小説はどういう内容のものだったのでしょうか?

姫野 新聞社が主催の文学賞でした。鹿児島と宮崎を舞台にした小説が募集されていたので、私の地元に創作した小説を書きました。それが最終選考に残ったことで、自分の文章力に自信がつきました。