“余白”が多い作品なので、演じるのは難しかった。

──本格的な主演復帰作となるのが、この『銀平町シネマブルース』だと伺っています。どういった経緯で出演することになったのですか?

小出恵介(以下、小出) かれこれ2年くらい前ですかね。脚本を渡されて出演を検討するというよりは、企画段階から「一緒にやりませんか?」とお声がけいただいて。「題材は映画制作。少しさびれた街を舞台にして一本作りたい」というお話で。僕自身としても映画に復活したい気持ちはすごく強かったから、「ぜひやらせてください!」という感じでしたね。それくらい映画に飢えていたんです。

──とはいうものの、「映画だったらなんでもいい」という話でもなかったのでは?

小出 それはあります。最初の段階では脚本も完成していなかったけれど、作家性のある映画になりそうな予感はあったし、制作陣の座組もすごく魅力的に思えたんですね。僕個人の状況としては、その前に出たのが「酒癖50(フィフティ)」(ABEMA)というドラマだったんです。それがオンエアされたすぐあとで、酒癖50の役と振り幅が大きいのも良いなと感じまして。

──小出さんが演じる主役の近藤猛は、うだつの上がらない男です。演じる際、意識した点はありますか?

小出 難しかったですよ、この役は。近藤は人生が停滞しているような中年男性なんですけど、その挫折した理由がはっきりしないんですよね。情報が断片的に映し出されるものの、流浪の旅に出た決定的な理由は最後まで明かされない。原因はわからないんだけど、近藤が傷ついているのは間違いなくて、そこから人生の再生を図るというのが全体の枠組み。ただ、映画として非常に余白が多いので……。

──「余白」とはどういうことでしょうか?

小出 説明しすぎないということです。文学でいうところの「行間を読む」というニュアンスに近いかな。そのへんは本当に演じる人のさじ加減で観客の印象も変わってくるから、考えた部分ではありますね。「おそらく近藤はこういう気持ちだったはず」とか自分の中で補完していく作業を続けました。人間的な弱さ……自分に自信が持てなくなったことで、すべてを捨てたのではないかと僕自身は解釈したんですけど。

──近藤になりきりつつも、小出さんならではの色が反映されているということですか。

小出 そうですね。こういう本(脚本)が来た以上、役にきちんと向き合わないといけませんから。やっぱり自分と完全に切り離すのは難しい。かといって、作品の中で素の小出恵介を出すわけにもいきませんしね。思わぬかたちで人生が止まった30代半ばの男が抱える悲哀。やり場のない思い。情けなさと切なさ。

──観ていて、もどかしい気持ちになりました。

小出 そもそも近藤というのは煮え切らない男なんですよ。パッとしないオッサンと言ってもいい。自分の人生に対しても受け身ですし。トラブルが降りかかっても打たれっぱなしで、自分からは手を出さない性格。

──そういうパッとしない男だからこそ、演じるのが大変そうですね。。

小出 要するに「受けの芝居」ということになるんですけど、これは役者をするにあたって非常に大事なんです。他の作品でも、特に主役になると往々にして受けを演じることが求められますし。そういう意味では、役者としての自分にとっても『銀平町シネマブルース』が大きな転機になるのかもしれません。