漫画でしかできない表現と勝負しても、絶対に勝てない

――今回の『ちひろさん』映画化にあたって、原作者の安田弘之さんと直接お会いしたと聞いています。どのようなお話をされたのでしょうか?

今泉力哉(以下、今泉) 最初に原作を読んだ時に、「ちひろさんという人物を生み出した人って、どんな人なんだろう?」と思ったんです。変な大人っていうとあれですけど、孤独や寂しさを悪いこととは捉えずに、どう一緒に生きていくのかっていうのを大事にしていて、周りと上手くやるよりも自分の軸で生きている……そういうキャラクターをどうやって作ったのかなど、気になったことをいろいろと聞きました。

――映画化についてというよりは、クリエイティブな部分のお話をされたのですね。

今泉 そうですね。あと、僕にとってのちひろさんという人が過去にいて。小学生の時に会った親戚のおじさんなんですけど。やっぱりちょっと変わった大人で、でも魅力的だったんですよね。なので、その話をしたりとか。

――監督自身はこんな大人でありたい、という理想はありますか?

今泉 いやもう、なるべく立派じゃないというか、敷居の低いところに居たいです。僕は子どもが3人いるんですけど、親は子どもより何でも知っていなければいけない、みたいな感覚が全くないんですよ。わからないって言える大人でいたいし、できるだけ立場が上にならないように、という意識はありますね。現場でもOKを出すのは監督なんですが、本当はなるべく地位がないポジションにいたいんです。あとは、一般的にみんなが憧れるものや良いとしているものではなく、自分の価値観で好き・嫌いがちゃんとある人になれるよう意識はしています。

――本作は漫画が原作ですが、映画化する上で意識した部分はありますか?

今泉 まずは原作者の安田さん、そしてファンの方が面白がれるものにできるかどうかというのを考えました。あとは、どこまで原作に寄せるか、あるいは寄せないか。漫画でしかできない表現ってあるし、そこと勝負しても絶対に勝てないので。安田さんも「原作通りにしてほしいわけじゃない」とおっしゃってくださったので、そこは安心でしたね。たとえば漫画の台詞ならそれほど強く感じないものでも、映像にすると強く感じてしまうことってあるんですよ。動きや音も含めて、漫画とは別の豊かさが映像にはあるので。だから、必要以上に強度を持ってしまうものに関しては、台詞を省いたり調整したりという工夫しました。

――安田さんから完成した作品の感想はお聞きになりましたか?

今泉 「どんな俳優さんが演じるにしても難しいと思うけど、ちゃんとちひろさんになっていたからすごい」という話はしてくださいました。特に今回、有村(架純)さんで良かったと思うのは、暗さや寂しさというものを非常にフラットに捉えているというか、そういう感覚を理解されている方だったので、自然に馴染んでいた気がします。あと、有村さんは真面目な方なんですけど、彼女の真面目さがちひろさんという人物をつくり上げる上で、めちゃくちゃ必要だったんだなって。

――と言いますと?

今泉 ちひろさんは自由でフワフワしていて、一見すると不真面目に見えるじゃないですか。でも実は、自分に嘘をついて要領よく生きている人のほうが、ある意味不真面目なんじゃないかと思うんです。そう考えると、流されずに自分と向き合っているちひろさんはむしろ真面目だし、有村さんだからこそ彼女を演じることができたんだなって、後になって気がつきました。

――ちひろさんのように孤独や寂しさと向き合う感覚は、監督自身にもありますか?

今泉 ありますね。僕、幸せや贅沢と呼ばれるものを心から喜べないんですよ。自分自身、いろんなものに嫉妬したり羨んだりするタイプの人間なので、たとえば映画の完成披露で華やかな舞台に立ったりすると、映画が撮りたいのになかなか取れない状況にいる人などを想像してしまうんです。なので、常に安心してそこにいるわけじゃないというか、その場からつい逃げたくなってしまうんですよ。なので、幸せが似合わないじゃないですけど、そういう感覚がちひろさんにもあるのかなという気はします。