天国の彼に届け!という思いで演奏したギター
――映画『有り、触れた、未来』では、交通事故で恋人を失った元バンドマンの女性、佐々木愛実(めぐみ)役を演じていらっしゃいます。最初に脚本を読んだ時の印象を教えてください。
桜庭ななみ(以下、桜庭) 登場する人たちがそれぞれの痛みや悩みを抱えながら、前に進んでいく姿に感動して、その魅力を伝えたいと思いました。素晴らしい作品に出会えたことはうれしかったのですが、劇中でギターを演奏すると聞いて「えー!」ってなりました(笑)。
――ギターを弾いた経験はありますか?
桜庭 以前出演した映画『天国からのエール』(2011)で、ミュージシャンを志す女子高生役を演じた時に弾いたことがあります。しかも歌いながら(笑)。今回は最後の重要なシーンで弾くことになり、すごくドキドキしました。
――大きな野外ステージで、3ピースバンドで演奏されました。
桜庭 エキストラさんもたくさん集まっていただいて、とにかく緊張しました。
――どれくらい練習されたのですか?
桜庭 2ヶ月ぐらいです。まったく弾けなかったので、ギターの先生に教えてもらいながらコードを覚えて、歌の練習もしました。
――撮影前にバンドのメンバーと音合わせをしましたか?
桜庭 3回くらいしました。その時もすごく緊張しました。
――人前で歌うのはいかがでしたか?
桜庭 歌詞は山本(透)監督が書かれて、この作品のメッセージが込められているから、歌い手がそれをちゃんと伝えなきゃいけない!「私が歌って大丈夫かな」と思いましたが、上手い・下手よりも亡くなった彼に思いを届けようという気持ちで乗り越えました。演奏が始まると、とても楽しかったです。
――山本監督は、『天国からのエール』をご覧になられて、桜庭さんにオファーをされたのでしょうか?
桜庭 監督からそういった話は聞いていませんが、「これまで、なかなかタイミングが合わなかったから、ようやく一緒に仕事ができてうれしい」と言っていただきました。「コロナ以降、コミュニケーションの制限もあり、閉じこもってしまったり、傷を負ってしまったりした人が多くいる中で、私たちが今できることは何だろう」という監督の想いに賛同して、この映画に出演したいと思ったんです。
――愛実という役を演じるうえで、意識したことはありますか?
桜庭 友達や恋人との会話など、ありふれた日常のシーンを普通に演じることで、時が流れていることを表現しようと意識しました。この映画は、愛実の話のほかに、自然災害で家族を亡くし自殺願望を抱く中学生の少女や、娘の結婚式への出席を望む末期癌の女性など、命と向き合う複数の物語で構成されています。他の物語は過去に縛られた重いシーンが多い印象を受けたので、愛実の話はそうじゃない部分を見せたかったんです。みんな傷ついているけど、時間は過ぎていくし、生きていかなくちゃいけないから。
――その考えは、監督との会話で生まれたのですか?
桜庭 私が台本を読んで個人的に感じたことですが、監督もそう思っていてくれているはずです。
――宮城県で撮影されたんですよね。
桜庭 はい。現地の方から「ここで、こういうことがあった」と震災当時の話を聞かせていただき、リアルな状況を理解した上で演じることができました。
――劇中では、3.11の震災を明言していませんね。
桜庭 震災だけをフィーチャーすると、イメージが固まってしまいますが、悩みや問題は人によって違うので、映画を観た人が自分事として向き合えるように、監督があえてそうしたのだと思います。
――監督との会話で印象に残っていることはありますか?
桜庭 「時間が経っても傷は癒えない」という言葉です。感覚として理解しているつもりでしたが、あえて言葉に出して言われたことにドキッとして、今まで感じたことのない気持ちになりました。