大学時代に出たFUJI ROCKで初めての手ごたえ

――ここで話を変えて、お二人の学生時代のことをお聞きしたいと思います。お二人とも福岡県出身ですが、出会いはいつになりますか?

ミゾベ 中学2年生のときです。

森山 クラスが一緒になったんです。

――そのときからお互い音楽には目覚めていたんですか?

森山 僕はピアノを習っていたくらいで。その時点では音楽をやっていこうとかは全然思ってなかったですね。ミゾベも音楽をやっていたというわけではなくて。普通の友達グループの一員として昼休みにふざけていたような仲です(笑)。

ミゾベ 僕がサッカー部で森山がバレー部だったんですけど、高校に入ったらバンドをやりたいなと思っていました。サッカーでは実力的に自己実現するには難しいなと気づいていたので(笑)。それで周りを見渡したときに、「森山、ピアノ弾けるじゃん」と思って、誘ったんです。

――ミゾベさんから森山さんはピアノが弾けるから一緒にバンドが組めたら、という話が出ましたが、森山さんはミゾベさんの歌や作詞の才能などを感じていたんですか?

森山 歌声を聴いた記憶はないけど……。カラオケとかには行ってたかな?

ミゾベ 行きましたね。当時のことを思い返すと下手だったなとは思うんですけど、森山は優しさからなのか、僕の歌を聴いて「衝撃を受けた」と言ってました(笑)。

森山 そうだっけ(笑)。

ミゾベ これは今でも覚えてます(笑)。その後、2年くらいはへこたれそうになっても、森山の言葉をモチベーションにしてたので(笑)。

▲ミゾベリョウ

――森山さんのその言葉がなかったら、今のミゾベさんはなかったかもしれないと(笑)。その当時聴いていた音楽も共通していたんですか?

森山 してなかったですね。好きな音楽も共有してなかったし。そのころはスガシカオさんをよく聴いていて、バンドという形態自体にはあまり興味がなかったし、音楽をやっていく気持ちもなかった。バンドに誘われてからは自分も曲を作るようになって、調べていくうちに好きな音楽が見つかっていく感じでした。

――その後、お二人は別々の高校に進学されますが、それぞれ音楽系の部活に入ったりされたのでしょうか?

ミゾベ 僕は学校に軽音部みたいなものがなかったので、入らずというか。

森山 僕も最初は「ミゾベとバンドをやるから」と思って入っていなかったです。高校の途中から軽音部に顔を出したり、同世代の人とバンドを組んでみたりしました。

ミゾベ 当時は「軽音部に入ったら森山が取られる!」と思っていたので、「入るな!」と言ってました(笑)。ただ、森山はそのときからストイックで、「軽音部に入ったらそこでも練習できるから」みたいに説得されたんです。

森山 そのときはバンド活動が無性に楽しかった時代で、コピーも含めていろいろなバンドを組んでましたね。

――ミゾベさんも同じように同世代の方とバンドを組んでいたんですか?

ミゾベ 先輩とコピーバンドみたいなものを組んでいました。

――そのときからポジションはボーカルですか?

ミゾベ そうですね。ボーカルがやりたくてバンドをやっていたので。今思うとかなり豪胆ですけど(笑)。

――現在のバンドメンバーに出会うのはいつになるんですか?

ミゾベ 僕が大学進学で森山よりも一年先に東京に来たときに、「森山ってやつが後からくるから、一緒にバンドやろうぜ」って、いろいろ声をかけていきました。

――メンバーが固まったときには目指していく場所や方向性なども決まっていたんですか?

森山 そこまで決まっていなかったですね。最初はとにかくバンドを続けたかっただけです。

――将来については考えていたことはありますか?

ミゾベ 僕はふつうに就職するんだろうなと思っていました。兼業という形でバンド活動をしている方もいっぱいいたから。でも、あまり将来のことは考えてなかったかもしれないです。単純に考えたくなかったんだとは思うんですけど。ライフステージが変わるとそれまでの価値観が根底からひっくり返ってしまう気がして。それを想像すると怖かったんだと思います。

森山 僕は藝大に行ったんですけど、そうしようと決めたのが高校3年生になってからでした。その後、浪人もさせてもらっているなかで、「藝大に行くなら音楽を続けよう」と決めていました。もちろん今のような形でやっていくところまで具体的には見えてなかったですけどね。それでも音楽がその時点で自分の中で一番続けてきたことだったし、大学まで行かせてもらうなら、これを仕事にしようかなと漠然と思っていました。

――お互いが改めてバンドとしての将来を考えたのは大学卒業の段階に入ってからでしょうか?

森山 その前に、2014年にodolを組んでから初めての夏に「FUJI ROCK FESTIVAL’14 ROOKIE A GO-GO」に出させてもらったんです。そのときが初めて「バンドでやっていけるかも」と感じた瞬間というか。

ミゾベ うん。

森山 大学1、2年生だったんですけど、怖いものなしというか、無敵状態だったので(笑)。そんな中で「FUJI ROCK」のライブが決まったりして、「やっぱりね」みたいな(笑)。

ミゾベ 20歳でしたからね(笑)。

森山 そういう感じで「これはいける」と思っていたんですけど、当然そこから挫折というか、プロの世界を目の当たりにしながら現実的なことも考えていくんです。最終的に決めないといけないとなったのは、周りが音楽をやめて就職していくタイミングだったかなと思うんですけど……僕らは大学にけっこう居座っていて(笑)。

ミゾベ 休学もしていたからね。そのせいか、いまだに卒業できなかった夢を見ます(笑)。