Contents

30代最後の集大成的作品になった『サイコト』

――『サイダーのように言葉が湧き上がる』(※以下:『サイコト』)、公開おめでとうございます。今作はイシグロ監督にとって初の長編オリジナル作品となりました。手ごたえや感想などをまずいただければと思います。

イシグロ 脚本、画作り、音響……一緒に良い作品を作ってくれた皆さんの仕事には満足しかありません。ただ僕個人としては、描いた絵コンテなどを今になり改めて見返したとき、「もっとできたな…」と思う日々です(苦笑)。ただ、今となっては「今度はもう少しだけできる」と思えている自分がいるので、次へと繋げられたという部分では、納得できています。

――とはいえ、キャリア初のオリジナル作。嬉しい気持ちは当然あったと思いますが、いかがでしょうか?

イシグロ そうですね。40歳になるまでは一つ、自分のオリジナル作品や、映画作品を作りたいなという夢は、ボンヤリありました。それがまさか『サイコト』で二つ同時に叶うとは思っていませんでした。監督しての自分、そして30代最後の僕にとっての集大成的な作品にはなったのかなと思います。

――どういった経緯で今作を製作することになったのでしょうか?

イシグロ 2015年ごろに、フライングドッグさんから「オリジナルの音楽モノを一緒に作れないか?」とオファーが届いたのが始まりです。実は当初、SF作品として企画が始まって、僕もその案をベースにしながら、プロデューサー陣と色々と相談しながら物語や企画を練ってみたものの、なかなか上手くいきませんでした。ちゃんと物語を作れる人が必要だと思い、脚本家の佐藤大さんに声をかけて、物語作りや企画がより本格的に動き出したという感じです。

――当初のSF作品から、現代を舞台にした青春物語へと着地したのはどういった経緯だったのでしょうか?

イシグロ そもそも、SF作品を観るのは好きですが、作る側としてはそこまで興味が湧きにくい人間でして(苦笑)。僕が作って楽しいと思う舞台は、現代の日常。内容もキャラクターにフィーチャーした作品なんです。自分にとって初のオリジナル作品を作るとなると、やはり本当に好きなフィールドで勝負しないと上手く成り立たないなと思い、恋愛をベースにした自己を確立する少年少女の物語になりました。

ショッピングモールは現代のリアルな青春の舞台

――『サイコト』の舞台は群馬県高崎市をモデルとした架空の地方都市です。あえて首都圏から離れた場所を舞台に選ばれたのはなぜでしょうか?

イシグロ ショッピングモールや団地が並ぶ地方都市を舞台にしようと提案したのは、大さんからでした。今の地方都市に住まう少年少女の青春の舞台は、遊びも食べ物も、生活にまつわる全てが揃うショッピングモールなんですよね。都市部に生きる人って本当にわずかな割合なので、今一番日本全国で同じような青春の風景が広がっている場所はどこ?となった時、ショッピングモールだと。そこでドラマが動き出すのが一番たくさんの人に刺さるんじゃないかという話になり、舞台づくりをしていきました。

――地方都市と音楽をどのように掛け合わせていこうと考えられましたか?

イシグロ 僕は劇中における音楽は、ことさら強調するのではなく、自然にその場所で流れているものであった方がいいと思っています。地方都市の牧歌的な風景に、今作の主題歌を歌ってくれたnever young beachさんの音、大貫妙子さんの歌、牛尾憲輔さんの劇伴といった、ポップな音を当て込んだ時、地方の光景が今まで見たことない全く違うカラフルな風景になるのではないか?というヴィジョンが浮かびました。

――確かに、田園風景が広がる光景のバックで、牛尾さんによる流麗な音が流れた瞬間、あぜ道がものすごくスタイリッシュな風景に変わった気がしました。

イシグロ 見え方が変わりますよね。音楽映画としての姿を前面に押し出していないながらも、すごく音楽の力を感じる作品になったなと思います。

現役高校生のピュアな俳句が作品を動かした

――今作は音楽映画としての大きな要素に“俳句”を据えています。数あるジャンルの中から俳句を選ばれた理由を教えてください。

イシグロ 制作中に大さんから、いとうせいこうさんと俳人・金子兜太さんの対談集『他流試合』(講談社)をオススメされたんです。この対談集の中に「俳句とは日本におけるヒップホップの始まりなのでは?」ということが語られていて。いとうさんは日本語ラップの始祖のような方で、俳句に対してすごく着眼点が鋭いんです。俳句がヒップホップという音楽的文脈に繋がる情報を受けて、ならば俳句を音楽ジャンルとして摂り込んでもいいのでは?と思いました。

――チェリーたちと同年代の現役高校生が詠んだ句を採用しています。

イシグロ 俳句を使いたいと思っても、僕らがそう簡単に良い句が作れるわけでなく、しかも“高校生らしさ”を出すのは難しい。ではどうする?となったとき、現役の子たちに作ってもらうのが一番だなと考えて、俳句甲子園に出演した経験がある神奈川県立横浜翠嵐高校の生徒たちにご協力いただき、劇中に登場する俳句を作ってもらいました。最終的に、100作品以上の句をいただきましたが、どれも素晴らしく、作品作りにたくさんの影響を与えてくれました。

――俳句から監督がインスパイアを受け、作品作りに変化が生まれたというエピソードはありますか?

イシグロ まさに、シナリオに反映された句もありますし、いただいた句から湧き上がってきたものを画作りにも取り入れていきました。物語の中盤で、農道をチェリーとスマイルが歩きながら、チェリーの詠む「夕暮れのフライングめく夏灯」という句をスマイルが「可愛い」と評する場面があります。実はこの場面は実際に作品作りのために句会を開いた時にあった話なんです。いただいた俳句が、物語を動かすための大きな力を与えてくれました。

――イシグロ監督としては二回りほど下の高校生の言葉に、作品を導いてもらったのは、すごく貴重な体験だったのではないでしょうか?

イシグロ 常にハッ!とさせられました。まずタイトルの『サイダーのように言葉が湧き上がる』自体、いただいた俳句から「これだ!」と思い使わせてもらいましたから。数ある句の中でも僕は「雷鳴や伝えるためにこそ言葉」という一句に衝撃を受けました。「伝えるためにこそ言葉」という、一聴するとありふれた言葉に、「雷鳴や」という一言が入るだけで、ものすごく美しい光景が目の前に生まれたんです。その衝撃たるや。この俳句に触れた時の衝撃、なんとも言葉にできない想いを、どうにかして映像に落とし込んで表現できないか?と考える機会をくれました。若い方の発想力が『サイコト』のラストを見事に彩ってくれました。本当にみなさん、素晴らしいですね。

――『サイコト』は中高生や大学生に、どのようなメッセージを届けたいという気持ちを込めましたか?

イシグロ 思春期の子たちが抱えるであろう、「自分にとってのキライな部分」は「他の人が見たら良いところなんだよ、大丈夫」、という気づきを持ってもらえたらいいなという想いを込めました。僕自身、学生時代は自己評価の高さと低さのせめぎ合いに苦しんでいました。今いる自分の世界とは違う視点があって、その見ている先を切り替えるだけで人生はガラッと変わるんだよ、そして自分の悪いところもひっくるめて好いてくれる人もいることが自己の確立になるよ、という想いをシッカリ描きました。自分に対して自信を持てない方にとって『サイコト』は、自分に対するポジティブな姿勢の大切さに気付き、前向きに進むキッカケになってほしいです。

音楽、漫画、小説がイシグロ青年の“創作の筋肉”を生み出した

――学生時代のイシグロ監督は、どういった生活を送り、どんな夢を持っていましたか?

イシグロ 僕はずっと音楽が大好きで、大人になったら音楽でご飯を食べていこう!高校卒業後は音楽系の専門学校に進もう!と決め、バンド活動する青春時代を送っていました。

――本格的にプロを目指していたんですね。その夢のためにどんなことを実践されたのですか?

イシグロ 高校2年生の3学期以降は卒業まで全く勉強をせずに、ずっと作詞・作曲したり、漫画や小説・エッセイを読み漁って、オリジナルの小説を書いたりと1年3ヶ月をずっと創作活動に当てていました(笑)

――振りきったことをされていたんですね。

イシグロ はい。僕は音楽制作の中でも作詞が好きで……というよりは“言葉”の全てが好きで。僕は自分の言葉で何かを伝えたいという欲求が強くあって、そのためにとにかく時間さえあれば本を読み漁って、言葉の感覚を鋭くするべく鍛えていました。決して勉強が嫌いだったわけではないのです。でも将来、絶対に音楽で食べていくと決めて、そのために色々なクリエイトできる自分でありたいから、将来のことを確実に見据えての行動だったんです。まあ、褒められたことではないんですけどね(苦笑)。

――なぜアニメーションの世界へと進むことになるのでしょうか?

イシグロ 自分の才能が足らず音楽では勝負できないと気づく瞬間が大学4年生の時に訪れて、この時に僕の青春・思春期は終わりを告げました。ただ、完全に音楽への夢を諦めたわけではなく、好きな音楽と“何か”を掛け合わせた仕事なら、きっと面白いものが生み出せると思いましたし、何より自分がかけてきた青春もムダにならないと考えて、結果的に好きだったアニメーションの世界に進みました。

――高校時代、熱心に注いできた創作活動は、イシグロ監督の人生においてどのような形で活きましたか?

イシグロ 勉強をせずにひたすら創作活動を続けたことの全てが、今へと繋がっていると実感しています。「何者かになりたい!」という大きすぎる気持ちを昇華するために、自発的に行動をとったことで、僕の中の“創作の筋肉”が培われました。その“創作の筋肉”があったから、長年アニメーション制作にも携われています。あの日があったからこそ今の僕の職業を成り立たせているんだと思います。

――「勉強した方がいい。後悔するぞ」という結論に導かれがちですが、イシグロ監督にとっては振りきって行動に移すことが大切だったわけですね。

イシグロ 僕はそう思います。20年以上前にとった決断や行動が、今の仕事の土壇場でクリエイティヴィティを発揮する能力になっているなと、40歳を過ぎた今になってすごく感じています。全ての学生さんにオススメできるやり方ではありませんが、自分が信じることや、やりたい未来が明確にあって踏み出せるキッカケがあるのなら、僕は一気に振りきっていい気がしています。全力で自分を変えようと動いたことは、どんな形になっても確実に未来へと繋がっていきますので、思い立ったら迷わずその一歩を踏みしめてください。僕も今こうして『サイコト』で過去に自分が積み重ねた音楽への想いと、今の仕事を掛け合わせた作品が作れましたから。

――その一歩を踏み出すのが難しい方も多いようにも思います。そういった方々に向けて、監督から一言いただけますでしょうか。

イシグロ 何かをする時、「相手ありき」ということを考えない方がいいと思います。確かに、自分で描いた絵や作った曲が自分の中で最高!と思っても、いざ人に見せるとなると、「他人の評価」が気になり怖くなってしまうものです。その恐怖を克服するには、まずは独善的でいいので、「自分が良ければいいんだ!」と思ってほしいです。

――まずは自分を満足させるところから全てを始めるということですね。

イシグロ 自分の気持ちが良いところは何か?を見つける訓練を重ねて、とにかく成果物を作るというサイクルを繰り返す。そして頭の中で作った架空のAさん、Bさんから妄想で絶賛を受けてみたりする。何かを発信するモチベーションに繋がれば、妄想で完結してもいいので、とにかく自分の中の一歩を積み重ねていく。そうすることで、ものづくりへの筋力が身についていきます。決して「自分なんか…」と思わず、信じたものを作り続け、自分の中に蓄え続けてください。自分の夢が叶った時はもちろん、叶わなかったとしても、必ずその蓄えたものは財産になります。

Information

『サイダーのように言葉が湧き上がる』
2021年7月22日(木・祝)ロードショー

【キャスト】
市川染五郎
杉咲 花
潘めぐみ
花江夏樹
梅原裕一郎
中島 愛
諸星すみれ
神谷浩史
坂本真綾
山寺宏一

【スタッフ】
原作:フライングドッグ
監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ
脚本:佐藤 大
キャラクターデザイン・総作画監督:愛敬由紀子
音楽:牛尾憲輔

© 2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

17回目の夏、地方都市――。コミュニケーションが苦手で、俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、ショッピングモールで出会い、やがて SNS を通じて少しずつ言葉を交わしていく。ある日ふたりは、バイト先で出会った老人・フジヤマが失くしてしまった想い出のレコードを探しまわる理由にふれる。ふたりはそれを自分たちで見つけようと決意。フジヤマの願いを叶えるため一緒にレコードを探すうちに、チェリーとスマイルの距離は急速に縮まっていく。だが、ある出来事をきっかけに、ふたりの想いはすれ違って……。物語のクライマックス、チェリーのまっすぐで爆発的なメッセージは心の奥深くまで届き、あざやかな閃光となってひと夏の想い出に記憶される。

公式サイト

イシグロキョウヘイ

アニメーション監督

1980年4月2日生まれ。神奈川県出身。音楽活動に勤しむ学生時代を経て、大学卒業後にアニメ制作会社「サンライズ」に入社。2009年に『FAIRY TAIL』第8話「最強チーム!!!」で演出家デビュー。その後フリーランスに転身、2014年に『四月は君の嘘』で初監督を務める。以降は『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン』(2016年)、『クジラの子らは砂上に歌う』(2017年)などのTVシリーズ作品で監督を歴任。2021年7月22日に初劇場作品にして、初オリジナル作品である『サイダーのように言葉が湧き上がる』が公開される。

Interviewer:Syunsuke Taguchi