現役高校生のピュアな俳句が作品を動かした

――今作は音楽映画としての大きな要素に“俳句”を据えています。数あるジャンルの中から俳句を選ばれた理由を教えてください。

イシグロ 制作中に大さんから、いとうせいこうさんと俳人・金子兜太さんの対談集『他流試合』(講談社)をオススメされたんです。この対談集の中に「俳句とは日本におけるヒップホップの始まりなのでは?」ということが語られていて。いとうさんは日本語ラップの始祖のような方で、俳句に対してすごく着眼点が鋭いんです。俳句がヒップホップという音楽的文脈に繋がる情報を受けて、ならば俳句を音楽ジャンルとして摂り込んでもいいのでは?と思いました。

――チェリーたちと同年代の現役高校生が詠んだ句を採用しています。

イシグロ 俳句を使いたいと思っても、僕らがそう簡単に良い句が作れるわけでなく、しかも“高校生らしさ”を出すのは難しい。ではどうする?となったとき、現役の子たちに作ってもらうのが一番だなと考えて、俳句甲子園に出演した経験がある神奈川県立横浜翠嵐高校の生徒たちにご協力いただき、劇中に登場する俳句を作ってもらいました。最終的に、100作品以上の句をいただきましたが、どれも素晴らしく、作品作りにたくさんの影響を与えてくれました。

――俳句から監督がインスパイアを受け、作品作りに変化が生まれたというエピソードはありますか?

イシグロ まさに、シナリオに反映された句もありますし、いただいた句から湧き上がってきたものを画作りにも取り入れていきました。物語の中盤で、農道をチェリーとスマイルが歩きながら、チェリーの詠む「夕暮れのフライングめく夏灯」という句をスマイルが「可愛い」と評する場面があります。実はこの場面は実際に作品作りのために句会を開いた時にあった話なんです。いただいた俳句が、物語を動かすための大きな力を与えてくれました。

――イシグロ監督としては二回りほど下の高校生の言葉に、作品を導いてもらったのは、すごく貴重な体験だったのではないでしょうか?

イシグロ 常にハッ!とさせられました。まずタイトルの『サイダーのように言葉が湧き上がる』自体、いただいた俳句から「これだ!」と思い使わせてもらいましたから。数ある句の中でも僕は「雷鳴や伝えるためにこそ言葉」という一句に衝撃を受けました。「伝えるためにこそ言葉」という、一聴するとありふれた言葉に、「雷鳴や」という一言が入るだけで、ものすごく美しい光景が目の前に生まれたんです。その衝撃たるや。この俳句に触れた時の衝撃、なんとも言葉にできない想いを、どうにかして映像に落とし込んで表現できないか?と考える機会をくれました。若い方の発想力が『サイコト』のラストを見事に彩ってくれました。本当にみなさん、素晴らしいですね。

――『サイコト』は中高生や大学生に、どのようなメッセージを届けたいという気持ちを込めましたか?

イシグロ 思春期の子たちが抱えるであろう、「自分にとってのキライな部分」は「他の人が見たら良いところなんだよ、大丈夫」、という気づきを持ってもらえたらいいなという想いを込めました。僕自身、学生時代は自己評価の高さと低さのせめぎ合いに苦しんでいました。今いる自分の世界とは違う視点があって、その見ている先を切り替えるだけで人生はガラッと変わるんだよ、そして自分の悪いところもひっくるめて好いてくれる人もいることが自己の確立になるよ、という想いをシッカリ描きました。自分に対して自信を持てない方にとって『サイコト』は、自分に対するポジティブな姿勢の大切さに気付き、前向きに進むキッカケになってほしいです。