音楽、漫画、小説がイシグロ青年の“創作の筋肉”を生み出した

――学生時代のイシグロ監督は、どういった生活を送り、どんな夢を持っていましたか?

イシグロ 僕はずっと音楽が大好きで、大人になったら音楽でご飯を食べていこう!高校卒業後は音楽系の専門学校に進もう!と決め、バンド活動する青春時代を送っていました。

――本格的にプロを目指していたんですね。その夢のためにどんなことを実践されたのですか?

イシグロ 高校2年生の3学期以降は卒業まで全く勉強をせずに、ずっと作詞・作曲したり、漫画や小説・エッセイを読み漁って、オリジナルの小説を書いたりと1年3ヶ月をずっと創作活動に当てていました(笑)

――振りきったことをされていたんですね。

イシグロ はい。僕は音楽制作の中でも作詞が好きで……というよりは“言葉”の全てが好きで。僕は自分の言葉で何かを伝えたいという欲求が強くあって、そのためにとにかく時間さえあれば本を読み漁って、言葉の感覚を鋭くするべく鍛えていました。決して勉強が嫌いだったわけではないのです。でも将来、絶対に音楽で食べていくと決めて、そのために色々なクリエイトできる自分でありたいから、将来のことを確実に見据えての行動だったんです。まあ、褒められたことではないんですけどね(苦笑)。

――なぜアニメーションの世界へと進むことになるのでしょうか?

イシグロ 自分の才能が足らず音楽では勝負できないと気づく瞬間が大学4年生の時に訪れて、この時に僕の青春・思春期は終わりを告げました。ただ、完全に音楽への夢を諦めたわけではなく、好きな音楽と“何か”を掛け合わせた仕事なら、きっと面白いものが生み出せると思いましたし、何より自分がかけてきた青春もムダにならないと考えて、結果的に好きだったアニメーションの世界に進みました。

――高校時代、熱心に注いできた創作活動は、イシグロ監督の人生においてどのような形で活きましたか?

イシグロ 勉強をせずにひたすら創作活動を続けたことの全てが、今へと繋がっていると実感しています。「何者かになりたい!」という大きすぎる気持ちを昇華するために、自発的に行動をとったことで、僕の中の“創作の筋肉”が培われました。その“創作の筋肉”があったから、長年アニメーション制作にも携われています。あの日があったからこそ今の僕の職業を成り立たせているんだと思います。

――「勉強した方がいい。後悔するぞ」という結論に導かれがちですが、イシグロ監督にとっては振りきって行動に移すことが大切だったわけですね。

イシグロ 僕はそう思います。20年以上前にとった決断や行動が、今の仕事の土壇場でクリエイティヴィティを発揮する能力になっているなと、40歳を過ぎた今になってすごく感じています。全ての学生さんにオススメできるやり方ではありませんが、自分が信じることや、やりたい未来が明確にあって踏み出せるキッカケがあるのなら、僕は一気に振りきっていい気がしています。全力で自分を変えようと動いたことは、どんな形になっても確実に未来へと繋がっていきますので、思い立ったら迷わずその一歩を踏みしめてください。僕も今こうして『サイコト』で過去に自分が積み重ねた音楽への想いと、今の仕事を掛け合わせた作品が作れましたから。

――その一歩を踏み出すのが難しい方も多いようにも思います。そういった方々に向けて、監督から一言いただけますでしょうか。

イシグロ 何かをする時、「相手ありき」ということを考えない方がいいと思います。確かに、自分で描いた絵や作った曲が自分の中で最高!と思っても、いざ人に見せるとなると、「他人の評価」が気になり怖くなってしまうものです。その恐怖を克服するには、まずは独善的でいいので、「自分が良ければいいんだ!」と思ってほしいです。

――まずは自分を満足させるところから全てを始めるということですね。

イシグロ 自分の気持ちが良いところは何か?を見つける訓練を重ねて、とにかく成果物を作るというサイクルを繰り返す。そして頭の中で作った架空のAさん、Bさんから妄想で絶賛を受けてみたりする。何かを発信するモチベーションに繋がれば、妄想で完結してもいいので、とにかく自分の中の一歩を積み重ねていく。そうすることで、ものづくりへの筋力が身についていきます。決して「自分なんか…」と思わず、信じたものを作り続け、自分の中に蓄え続けてください。自分の夢が叶った時はもちろん、叶わなかったとしても、必ずその蓄えたものは財産になります。

Information

『サイダーのように言葉が湧き上がる』
2021年7月22日(木・祝)ロードショー

【キャスト】
市川染五郎
杉咲 花
潘めぐみ
花江夏樹
梅原裕一郎
中島 愛
諸星すみれ
神谷浩史
坂本真綾
山寺宏一

【スタッフ】
原作:フライングドッグ
監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ
脚本:佐藤 大
キャラクターデザイン・総作画監督:愛敬由紀子
音楽:牛尾憲輔

© 2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

17回目の夏、地方都市――。コミュニケーションが苦手で、俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、ショッピングモールで出会い、やがて SNS を通じて少しずつ言葉を交わしていく。ある日ふたりは、バイト先で出会った老人・フジヤマが失くしてしまった想い出のレコードを探しまわる理由にふれる。ふたりはそれを自分たちで見つけようと決意。フジヤマの願いを叶えるため一緒にレコードを探すうちに、チェリーとスマイルの距離は急速に縮まっていく。だが、ある出来事をきっかけに、ふたりの想いはすれ違って……。物語のクライマックス、チェリーのまっすぐで爆発的なメッセージは心の奥深くまで届き、あざやかな閃光となってひと夏の想い出に記憶される。

公式サイト

イシグロキョウヘイ

アニメーション監督

1980年4月2日生まれ。神奈川県出身。音楽活動に勤しむ学生時代を経て、大学卒業後にアニメ制作会社「サンライズ」に入社。2009年に『FAIRY TAIL』第8話「最強チーム!!!」で演出家デビュー。その後フリーランスに転身、2014年に『四月は君の嘘』で初監督を務める。以降は『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン』(2016年)、『クジラの子らは砂上に歌う』(2017年)などのTVシリーズ作品で監督を歴任。2021年7月22日に初劇場作品にして、初オリジナル作品である『サイダーのように言葉が湧き上がる』が公開される。

Interviewer:Syunsuke Taguchi