お父さんには「ない」ものが多いと思っていた

――『ぼくのお父さん』は、矢部さんが幼い頃にお父さんが描いていた絵日記「たろうノート」を読んで、当時を思い出しながら描いたそうですね。ノートを読んだ感想を教えてください。

矢部 僕が5歳くらいのところから読みはじめたんですけど、少し遡ると僕は赤ちゃんで、もう少し遡るとお母さんのおなかの中にいて、もっと遡ると僕のいない家族が描かれていて。僕がいなくても矢部家はあって、そこに僕が新キャラとして登場したんですよね。新キャラである僕を家族みんなが迎え入れてくれる様子は、読んでいて胸にせまるものがありました。

――自分が生まれる前から家族が始まっているって、不思議な感覚ですね。

矢部 僕は僕の視点で世界を見ているから、当たり前に僕がいるところから記憶が始まっているけど、それ以前の世界を見た気がしました。

――「たろうノート」の中で印象に残ったエピソードはありますか?

矢部 漫画にも描きましたが、僕が生まれて9ヶ月目くらいに熱が出て、父が「この子は死んでしまうんだ」と思う場面があるんです。それを読んで、「この子(僕)がいなくなってストーリーが続く可能性もあったんだ」と思うと、不思議な感覚でありながら、すごくありがたさを感じました。

――とてもユニークなお父さんですが、息子である矢部さんからはどう見えていましたか?

矢部 よそのお父さんに比べて、うちの父は「ない」ものが多いと思っていました。けれど今は、よそのお父さんになくてうちの父に「ある」ものも多かったと思います。

――たとえば、どんなところでしょうか?

矢部 父は車を持っていなかったんですが、そのぶん歩いて移動することで見える景色があったり。父はいろんな選択肢があるのを知った上で、自らゆっくりした生き方を選んでいたのかなと思います。あと、僕と一緒にいてくれた時間も大切です。

――矢部さんは、お父さんとたくさんの時間を過ごしていますよね。つくしを採りに行ったり、お父さんがダンボールでテレビゲーム風のオモチャを作ってくれたり。

矢部 子どもと過ごす時間が少ないお父さんもいるし、うちの父のような人もいるし。どちらがいいとか悪いとかじゃなく、たまたまうちはそうだったんだなと思います。

――大人になって、お父さんへの見え方は変わりましたか?

矢部 子どもの頃は、父のことが少し頼りなく見えていました。だけど今は「そういうものだよなぁ」と思います。僕自身この歳になってもぜんぜん完璧じゃないし、みんな、子どもだった人が大人になっているわけですから。