4年間の集大成として卒業制作でドキュメンタリーを撮る

――長瀬監督は、どういう経緯で東京藝術大学先端芸術表現科に入られたのでしょうか。

長瀬 もともと美術系の高校に通っていて、「進学をどうするか」と考えたときに、映像学科があるムサビ(武蔵野美術大学)に行きたいなと思ったんです。ただ高校には映像学科がなくて、映像に興味があっても具体的にどうしたらいいか分からなかったので、結局受験はしなかったんです。それで、もう一つの志望校だった東京藝術大学に2浪して入りました。

――どうして東京藝術大学を選ばれたんですか?

長瀬 通っていた高校は、絵画、彫刻、デザインといった、本当に「美術」って感じのところを目指す人が多かったんです。ところが、たまたま東京藝術大学を卒業した先生が来て、そういう道もあるんだと思って選びました。

――実際に映像に関わるようになったのは何年生のときですか?

長瀬 大学2年のときです。私の学科は、あるテーマを与えられて作品を作るのがメインなんですが、表現方法に決まりはなくて、初めて映像作品を撮影してみたら自分の考えと表現がしっくりきて、もっと撮ってみたいと思いました。

――もともと映画は好きだったんですか?

長瀬 映画は好きですが詳しくはないです。大学の友人にそう言ったら、「別に詳しくなくても好きって言っていいじゃん!」と言ってくれたんです。

――卒業制作で今回の『酔いどれ東京ダンスミュージック』を撮られたということですが、それまでドキュメンタリー映画に接することはあったんですか?

長瀬 ドキュメンタリーには良いイメージがなくて、あまり興味はなかったです。どうしても撮影対象の一部しか見られないので、そうすると出演者の意図してない部分がきっと出てくる。もちろん作品は監督のものですから、それで構わないんですが、「これでいいのかな」って思ってしまうようなドキュメンタリーにしか触れてこなかったので。選り好みせずいろいろ見ればよかったなとは思っています。

――『酔いどれ東京ダンスミュージック』の主人公、大槻泰永さんと出会うまではドキュメンタリーを撮ろうと考えたことはなかったんですか?

長瀬 そうですね。フィクションを撮りたかったんですけど、撮影を手伝ってもらう友達がいなかったんですよ(笑)。自分だけで撮れる作品と考えたときに、モノローグで、一人で作れる範囲の短編映画を3本ほど撮っていました。でも卒業制作は4年間の集大成なので、それまでとは違ったものを撮りたい。それでフィクションを撮ろうかなと思っていたんですけど、たまたま大槻さんと出会って、この人は面白いし、ドキュメンタリーを撮ってみようと思って声をかけました。

――どういうきっかけで大槻さんと知り合ったんですか?

長瀬 大学3年生のとき、大槻さんが主催してるライブに足を運んだんです。ゲストで「たま」の知久寿焼さんが出ていらっしゃって、知久さんのファンだったので見に行ったんです。そしたら、大槻さんのライブが酔っていてうろ覚えだったのですが印象に残っていて。そのときは、それで終わったんですけど、その1か月後ぐらいに、たまたま最寄り駅で大槻さんを見かけたんです。私は酔っぱらっていて、その勢いで大槻さんに声をかけて、「ライブ行きました」と伝えたのをきっかけに意気投合しました。

――出会いもタイトル通り、お酒が絡んでいたんですね(笑)。大槻さんを主人公にドキュメンタリーを撮ることになったきっかけは?

長瀬 ある日、大槻さんから連絡をもらって、酔っぱらってない大槻さんと初めてお話したときに、酔っ払ってない方が面白かったんです(笑)。飲んでるときと飲んでないときで、全然違う感じの人で、シラフの大槻さんに興味を持ったんです。それまでは大槻さんの歌の魅力って、酔っぱらって「わー!」ってなって、ぐちゃぐちゃした感じが面白いと思っていたんです。でも本当はそうじゃなくて、もともと大槻さんが持っている人生観のようなものが根底にあるからいいんだと気づきました。酔ってないと謙虚だしシャイなんですけど、冷めてるわけじゃないのに、妙に淡々としているところも良くて、撮りたいなと思ったんです。

――なかなか若くて、大槻さんのように肩の力が抜けた人っていないですよね。

長瀬 そうですね。それまで私が生きてきた世界は、競争心が強くて、他人に認められてないとダメみたいな部分を少なからず持っている人が多かったんです。学校の先生などに対しても、息苦しいなと感じることもありました。それが当たり前だと思っていたんですけど、大槻さんは「ああ、このままでもいいんだな」と思わせてくれたんです。