年齢に応じての紆余曲折は誰にでもある

――『リッちゃん、健ちゃんの夏。』制作の経緯を教えてください。

大森 『春』を撮った後、渋谷TANPEN映画祭の主催者の佐世保映像社さんから佐世保市をPRする短編映画を撮ってほしいという依頼がありました。佐世保市のPR映画で、ロケ地は渋谷区と佐世保市、主演の2人は武イリヤちゃんと笈川健太君というのは、すでに決まっていました。当て書きは難しいなと思ったんですが、その2人だったら教師と生徒ということでイケるのではないかと脚本を書き始めて、シナハン(シナリオハンティング)に行きました。ロケ地の佐世保市の離島の黒島が本当に素敵な場所で、これもできる、あれもできると思うことばかりでした。

――主演の二人にはどのタイミングで会ったのですか?

大森 シナハンに行ったタイミングです。その前に二人の過去作の演技は見ていたので、この二人が得意なことをやろうと思いながら作りました。武さんは感受性豊かで素直なので、演じる相手によって空気がガラリと変わるのが面白かったです。演技指導も特にしていないし、武さんが笑うと嬉しくて、寂しそうな時は悲しい。観る人の鏡のようになって欲しいと思っていました。笈川くんは、佐世保弁を完璧に身に付けてくれたので、アドリブ芝居をお願いする時は、武さんを引っ張ってくれました。スタッフと一緒にカエルを捕まえたり、島の方と飲んだり、あの土地の人や空気を大切にしていたのが、健ちゃんから伝わると思います。

――どちらの映画も映画祭で高い評価を受けましたが、仕事の面でプラスになった部分はありますか?

大森 CMの仕事という面では、今までやってきた仕事とは違う、人間ドラマっぽいようなCMも作らせてもらえるようになりました。今まではアニメや、女性向け商品の仕事が多かったので、仕事の幅は広がりました。

――映画を撮ったことで、ご自身の意識は変わりましたか?

大森 今後、新たな悩みが出てくるんだろうなとは思いますが、仕事をしていて辛いと思うことは一切なくなりました。たぶん年代によって悩みは全然違うんでしょうね。社会人1年目だったら自分ができないことが悔しいとか辛いとか思うし、社会人5、6年目だったら仕事ができるようになって、仕事ができない人を見てムカつく時期もあるでしょうし。私のように仕事に慣れてくると、このまま慣れてしまっていいのだろうかと不安になったりする。そういう紆余曲折はおじいちゃんおばあちゃんになっても、誰にでもあるんじゃないかと思います。

――改めて「W online」を読んでいるティーン読者に、2本の映画の見どころを教えてください。まずは『春』からお願いします。

大森 『春』は大学生の話ですが、高校生の頃から進路に悩むこともありますよね。私の場合はどう生きていこう、どんな職業に就こうかって思ったときに、おじいちゃんが自分の50年後の姿に思えたんです。そのときの想いを映画で描いているんですが、一人の人間に深く関わることは、その後の人生で大きな財産になります。それは友達でも彼氏彼女、家族、先生、誰でもいいんです。サシで人と向き合いぶつかった経験が一度でもあると、人間は強くなれます。それを『春』の主人公アミから感じ取ってください。

――『リッちゃん、健ちゃんの夏。』は?

大森 私は小中高と同級生の男子としゃべるのがなんとなく怖くて、学校の先生しか好きにならなかったんです。異性は大人としかしゃべれなかったんです。小中高の頃って漫画を読んだりドラマを見たりする影響で、この人が好きだってなんとなく勘違いしてしまうことが多いのではないでしょうか。その人自身ではなく、こういう恋愛をしたいという願望もあいまって誰かを好きになると思うんです。そういう「勘違い」は素晴らしいと思いますし、この映画でも、先生との恋愛を「いい勘違い」として描きたかったんです。それって大人になりたいという気持ちの表れなのだと思います。そういう「いい勘違い」をたくさんしてほしいなと思います。

Information

『春』
同時上映『リッちゃん、健ちゃんの夏。』
10月1日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開

[キャスト]
古川琴音
花王おさむ 加藤才紀子

監督・脚本:大森歩

製作:AOI Pro. × 第8回きりゅう映画祭制作作品
配給:アルミード
AOI Pro.  2018/ 日本/ カラー/ 16:9/ DCP/ 27min

祖父(花王おさむ)の家に居候して二人暮らしをしている、美大生のアミ(古川琴音)。いつも満州に行ったことを自慢気に話す祖父を、「衛生兵だったんでしょ。私も戦争したよ、受験戦争」と馬鹿にするアミは、翌年に就活を控えている。アニメオタクの同級生・橋本(加藤才紀子)が我が道を行く一方、アミは、自分の描きたいものを描くのではない”広告”の課題に苦戦し、自信を喪失していく。同時に家では、どんどんボケていく祖父にイライラが募り、アミはとうとうキレてしまうが、ある日、初めて聞く祖父の話に気持ちが動き……。

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『リッちゃん、健ちゃんの夏。』

[キャスト]
武イリヤ 笈川健太
大國千緒奈 藤原隆介

[スタッフ]
脚本・監督:大森歩
主題歌:「あの日」寺尾紗穂 P-VINE RECORDS

©渋谷TANPEN映画祭CLIMAXat佐世保2019 AOI Pro.

渋谷TANPEN映画祭CLIMAXat佐世保 オリジナル短編映画 第3弾
渋谷センター商店街・させぼ四ヶ町商店街プロジェクト 長崎県若者アート「LOVE♡ながさき」創造プロジェクト

配給:アルミード
2019/ 日本/ カラー/ 2Kビスタ/ DCP/ 30min

佐世保市在住の中学2年生のリッちゃん(武イリヤ)は、両親の離婚で、2学期から東京への転校が決まっている。夏休みの間に、恋する国語教師の健ちゃん(笈川健太)を追って黒島にやってきたリッちゃん。迫害された潜伏キリシタンが逃げた黒島で、死んでもいいと思うほど愛する健ちゃんとの淡い恋は実るのか……。

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大森歩

1985年10月24日生まれ。東京都出身。愛知県の大森牧場で育ち、実家は骨董屋を経営。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。Club_A所属、CMディレクター。手がけたCMにダイワハウス「かぞくの群像」、ミルボン「美容室の帰り道」、ケアリーヴ「僕は、ばんそうこう」、ラインクリスマス、マンダム・ビフェスタ、など。『春』が映画初監督作となる。2021年公開作に【SSFF & ASIA 2020 クリエイターズ支援プロジェクト】の短編映画『卵と彩子』(出演:剛力彩芽、岡山天音)がある。

Photographer:Seita Andoh,Interviewer:Takahiro Iguchi