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ロック好き同士がファミレスでしゃべっているノリの延長

――普段は芸人として活躍されている永野さんですが、ロックに関する想いを激白した本が出版されることになりました。書籍化までの経緯を教えてください。

永野 去年、コロナ禍で営業の仕事がなくなったんです。それでYouTubeを始めることになって。でも正直、YouTubeについて何もわかっていなかったんです。「当たったらカネになるんでしょ?」くらいの認識で。それで蓋を開けてみたら、これが驚くほど誰も見てくれなかったんです。「なんだよ、これ?」と思ったし、僕だけだったらふて腐れて辞めていたと思う。だけど実際は遊びじゃなくて大人のスタッフが何人も関わっているコンテンツなので、どうにかしなくちゃいけないという話になりました。ラッキーだったのはYouTubeのディレクターが僕と同世代の人で、音楽とか映画の趣味がすごく合うんですよ。ニルヴァーナの話で盛り上がったりして。

――「ロックに詳しい」というのは芸人としてもひとつの武器になると思います。今まで公言してこなかったのはなぜでしょうか?

永野 自分の中の美学として、音楽とか映画について語るのはダサいと思っていました。お笑い芸人のくせに「カート・コバーンの気持ちとしては」みたいなことを真面目に話していたら変じゃないですか?そんなことを吉田豪さんに話したら、「それはサブカル中年特有の自意識だ」って言われちゃいまして(苦笑)。でも、たしかにその通りなんですよ。どこかで僕もカッコつけていたんでしょうね。もう年齢も年齢だし、そういう自意識過剰な“ええかっこしい”はやめようと思って、ニルヴァーナのことを正面から語ることにしました。とはいっても、「YouTubeでバズらせてやろう」とかそんな大層な考えはなかったです。ただ単に趣味が合うディレクターさんとザ・スミスの話とかで盛り上がっているだけ。ファミレスでしゃべっているノリの延長です。

――ミュージシャンの切り取り方が独特ですよね。一般的な音楽雑誌と違い、個人の思い入れが入っています。

永野 この本は知識じゃなくて情熱!自分の思い入れしか書いていないです。たとえば今回の本では取り上げなかったけど、YouTubeで散々語ったザ・スミスは僕の大好きなバンド。でも、最初はU2か何かと間違えて買ったんです。モノクロのジャケットを見て「渋い音楽に違いない」と思ったら、全然そんなことなくてビックリしました。和訳を見てもまったく励ましてもらえない歌詞だし、曲も全然盛り上がらない。でもお金がない中で買ったんだから、2,800円分くらいは聴いているうちに好きになっちゃった(笑)。昔はネット環境もサブスクもなかったですから。気軽に聴くことができたら、『ミート・イズ・マーダー』も『ストレンジウェイズ、ヒア・ウイ・カム』(※ともにザ・スミスのアルバム)も好きになっていないです。書店の音楽コーナーに行くと「ザ・スミスこそが時代のカリスマ」みたいなことが書かれている本がありますけど、理屈が1個もわからないんですよね。僕は楽器も演奏できないし、歴史的な背景も知らない。単に自分が感じたことをYouTubeでしゃべったり、本にしたりしているだけで。「新たなザ・スミス論を俺が作ってやる!」みたいな気負いもないですし。僕のYouTubeを見て「こんな角度でザ・スミスを語る人はいなかった」と評価してくれる人もいるけど、音楽評論家と違うことを逆張りで主張するみたいなことはしていないです。

――登場するのは24アーティスト。ジャンルも幅広いです。

永野 取り上げるバランスとかは一切考えていなくて。本を作る工程の中で最初は編集の人からほかのバンドを打診されることもあったんですけど、「すみません、知らないっスね」みたいなことが結構ありました。結局、僕は取り上げるバンド自体じゃなくて、そのバンドにまつわる自分の思い出話をしているに過ぎないんですよ。だから知識が増えるような純然たる音楽系の本とは明らかに違う作りになっているんですよね。それよりも読んでくれる人を楽しませようという芸人根性が炸裂しているというか。

――すべてのアーティストを「俺に言わせれば」という角度で論じられています。

永野 そう。だからゲラを読みながら自分でも驚いたんですよ。「これ、俺の自伝みたいじゃん」って。おそらくそれこそが編集さんの狙いだったと思うんですけど、音楽じゃなくて自分のことを語っているだけなんです。物心ついて、思春期を迎えて、芸人として全然売れない時期を過ごして、そういう中でいろんな音楽と出会ってきた。ロックというフィルターを通して語っているのは僕自身のこと。バンドの歴史を知りたいんだったら、今はWikipediaを見ればいいだけじゃないですか。そういうのは僕が改めて語る必要もないでしょうから。それからコレクターやマニアの人が参考にするような「お薦め90年代ロック名盤100」みたいなタイプの本も世の中にはあるけど、そういったお勉強ノリは僕みたいに知識がない人はできないです。

ヤンキー高校に通っていたため屈折ぶりが半端じゃなかった

――永野さんは音楽の聴き方が真面目ですよね。ライナーノーツを精読し、訳詞も読みながら曲の意味も自分なりに解釈して。

永野 そこは僕のコンプレックスなんですよ。すごくダサいと自分でも思う。クラブとかでパリピに囲まれて音楽に接していたわけじゃないので。精神的には童貞丸出しのロックファン。これはたぶん兄貴からの影響もデカいと思うんだけど、妙に硬派なところがあって。僕なんか世代的には完全にジャッキー・チェン直撃なのに、ブルース・リーに感化された兄貴が作ったヌンチャクを練習させられたりもしましたし。ほかにも『マッドマックス』とか『ダーティハリー』とか男臭い映画ばかり流す家で育ったものだから、どこかバランスがおかしくなっちゃったんでしょうね。

――たしかに家庭環境によって趣味の傾向って大きく左右されますよね。

永野 それと学校の環境。幼稚園から中学まではわりといいところのエスカレーター校だったんですけど、あまりにも勉強しないものだから高校から急にヤンキー校に行くハメになったんです。そこは周りの生徒たちも本当にダメダメで、僕も堕ちていく一方だったんですけど、「自分は気高いお坊ちゃまなんだ」と思ったままヤンキー校に通っていたものだから、屈折ぶりが半端じゃなかった。「この人たちはヤンキーだから」って周りのことを小馬鹿にしているんだけど、傍から見たら「お前も似たようなものだろ!」って話でね。偏差値が高いところでは落ちこぼれて、かといってヤンキー校でも馴染めなくて。スポーツもできない。勉強もできない。そんな中、救いになっていたのが音楽と映画。だから音楽と映画に関しては、「好き」というよりも「執着」に近いくらいの思い入れがあったんです。中学では周りが流行りのJ-POPとか聴いている中、兄貴の影響もあって洋楽を聴いていて。映画も中学生で頭も悪いくせに意味もわからず『タクシードライバー』とか見ていて。でも落ちこぼれた中高生にとっては、そこが唯一と言っていいくらいのアイデンティティーになっていたんです。「俺はこれを知ってるんだぜ」みたいな。

――なるほど。映画とロックが少年時代の永野さんにとって心の拠り所だった。

永野 それは間違いないです。ロックと映画、それに加えるとしたらお笑いですよね。僕は出身が宮崎なんですけど、兄貴が大学進学を機に福岡に行きまして。田舎では放送していなかった『夢で逢えたら』(フジテレビ系/※ダウンタウンやウッチャンナンチャンなどが出演していた人気バラエティ)を撮ったビデオテープを持って帰ってきたんです。「周りの奴らはビートたけしや明石家さんま止まりだろうけど、俺はウッチャンナンチャンやダウンタウンも知っているんだぜ」みたいな選民思想。洋楽、洋画、お笑い。自分だけは本物を知る男みたいな勘違いはありましたね。この3つの中で僕が一番得意だったのが、お笑い。なので今でも仕事として続けているんですけど。

――いつ頃からお笑いが得意だと思ったのでしょうか?

高校生くらいになると「たぶん俺はお笑いが得意。だから、これが自分の仕事になるんだろうな」って考えていました。真剣味が最初からまったく違ったんですよ。映画と音楽とお笑いに関しては、もう異常な執念を持っていましたから。僕よりもロックに詳しい人なんて世の中にごまんといるはずです。でもニルヴァーナが自分の空虚な人生をどれだけ支えてくれたか。その思い入れに関しては、悪いけど誰にも負ける気がしなくて。

――学生時代に印象的だったことはありますか?

永野 すごく覚えているのは、尾崎豊さんが亡くなったときのこと。学校でも「大変だ!尾崎が死んだぞ!」って大騒ぎになりました。「俺らの代弁者がいなくなった!」みたいな感じで。だけどよくよく聞いてみると尾崎さんってめちゃくちゃ頭がいいエリートなんですよね。盗んだバイクで走ったり、校舎の窓ガラスを叩き割る側の人間じゃないんです。なんだったら「卒業」みたいな曲は、自分みたいなバカのほうが上手く歌える気がするんですけど(笑)。

――若い読者に向けて永野さんから「お薦めの洋楽ベスト3」を教えてください。

永野 今の若い人たちってラップが好きなイメージが僕の中ではあるんですけど、ラップって世の中に対する不満をブチまけるメッセージ性が強いじゃないですか。そういう意味では、ぜひパンクは聴いてほしいですね。セックス・ピストルズなんて聴くと、「世の中に対して、なんでここまで怒っているの?」と唖然とするはずですから。あとは「どんだけ絶望的なんだよ?」っていうニルヴァーナ。今の音楽シーンはポジティブな歌詞で溢れているけど、そんなものばかり耳にするから鬱になっちゃうわけでね。若いうちこそ、とことん絶望に浸るのもいいんじゃないかな。そしてジミ・ヘンドリックス!やっぱり今の時代はロックも食の細い人たちがスマートに演奏するものだと思われている節があるんだけど、僕なんかは「ふざけんな!」って言いたくなる。そういうことじゃないんですよ、ロックって。小難しい能書きなんて要らないし、ぶっといギターでガツンとやられる音楽なんです。だからジミヘンを聴いて度肝を抜かれてほしいですね。ロックのカッコよさが全部詰まっていますから。

――屈折した人生を送ってこられたという永野さん。これからの進路を考える若者に贈るアドバイスはありますか?

永野 みんながどれだけのレベルで悩んでいるのか、イメージが湧かない部分もあるんですけど……。本当に悩んでいるんですかね?

――悩みは多いと思いますよ、いつの時代も。

永野 そうかあ。自分は本物の落ちこぼれだったから、「Aにするか? Bにするか?」みたいな選択肢がなかったんですよ。「どの大学に行こうか?」とか悩むことすらできなかった。周りのみんなが進学だ、就職だ、恋愛だ、家庭だって人生のコマを進めていく中、自分は何もできずにいて。

――永野さんにはあまり選択肢がなかった。

永野 若手芸人と話していてなんとなく思うのは、みんなチョイスのことで悩んでいるんです。「損得勘定」とか「メリットとデメリット」みたいな発想が頭のどこかにあって。僕の場合は選択肢が一切なかったから、ある意味、ラッキーだったのかもしれない。何の根拠もないくせに、そしてまったく売れなかったくせに、「お笑いでやっていくんだ」って考えはブレなかった。青臭い言い方だけど、夢をずっと見ていたんです。ぼわ~って感じで。それはそれで楽しかったですけどね。

――ずっと夢を追えるのは凄いことだと思います。

今の若い人たちはクレバーというかスマートなところがあって、夢が叶わなかったときのために「保険」をかけることが多いんでしょう。「芸人で食えなくなっても、こうやってバイトで生活していけばいい」とか。僕はそういうのって少し違うと思う。「売れなかったから人生もうダメだ」くらいに思い詰めたほうが人生は面白いんじゃないですかね。人生は失敗することもいっぱいあるでしょうし、夢がかなわないケースなんていくらでもある。それで「なんてことを自分はしてしまったんだ……」と後悔するのが人生の醍醐味なんですよ。そこで変にフォローしている奴が今はすごく多い気がする。才能がないんだったら、「自分は才能がありませんでした」と潔く認めるのがカッコいいですよ。そこをごまかそうとするから自分が苦しくなるんでね。ダメな自分、失敗した自分、能力がない自分を受け止めてほしいです。

Information

『僕はロックなんか聴いてきた〜ゴッホより普通にニルヴァーナが好き!〜』
定価1,760円(本体1,600円+税10%)
発売日:2021年9月25日
出版社:リットーミュージック

出版社紹介サイト

永野

お笑い芸人

1974年9月2日生まれ。宮崎県出身。ピン芸人。趣味/温泉巡り、マッサージチェア巡り、あかすり、ドライブ、映画鑑賞。特技/洋楽・洋画の歴史を語れる。

Photographer:Masahiko Matsuzawa,Interviewer:Mamoru Onoda