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アメリカ人のプロデューサーは情にほだされない

――園子温監督のハリウッドデビュー作『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』が、ついに公開されます。海外進出は昔からの夢だったということですが、そこに懸ける想いを教えてください。

園 ハリウッドはやっぱり映画界の中心に存在しているんですよね。だから構造的には野球選手が最終的にメジャーリーグを目指したり、サッカー選手が日本から飛び出していくのと同じ。「ハリウッドに一度はチャレンジしてみたい」という気持ちは、映画監督だったら誰でも夢として持つものじゃないかな。日本人野球選手のメジャー進出に関して言うと、野茂英雄選手が壁をブチ壊したというか道を切り拓いた部分が大きかったと思う。野茂選手の挑戦がなかったら、今のように日本人が向こうで当たり前に活躍するようにはなっていなかったはずです。

映画界では「日本人監督のハリウッド進出」という意味では、まだ野茂選手に相当する人がいないんですよね。その「前例がないことをやる」という部分が今回の作品は一番大変でした。僕は自分が商業映画の監督になったときからハリウッドで作品を撮りたいと思っていたし、特にこの15年くらいはその気持ちが強くなっていました。それで何度もハリウッドに行ってプロモーションしたり、オーディションを受けたりといろいろやったんだけど、全部うまくいかなくて……。結局、こんなに時間がかかってしまった。でも、やっぱり諦めたくなかった。この「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」は本当に自分にとって「念願」なんです。

――海外進出をするうえで、具体的にはどんな苦労があったのでしょうか?

園 いや~、もう何もかも!僕が英語をベラベラしゃべることができるならまだしも、そういうわけでもないですし。僕は勉強しても勉強しても英語が上手にならなくて……。もちろん英語ができたところで苦労はするんだろうけど。

――なぜこれまで日本人の映画監督はハリウッドへ進出できなかったのでしょうか?

園 それは非常にシンプルな話。向こうにはものすごく優秀な映画監督が無数にいるわけだから、要するにお呼びじゃないんですよ。「わざわざ来てもらわなくても結構ですよ」ということ。日本で優秀だと言われている監督でも、アメリカに行ったら「この程度だったらいくらでもいます」と言われかねない。

大体、日本映画のキャッチコピーで「ハリウッドばりの」とか謳われることがあるじゃないですか。「ばり」ということは、本場を超えられないということですからね。「ハリウッドばりの面白さ」じゃなくて「ハリウッドよりも面白い」にならないと向こうからすると意味がないんです。

――『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』の撮影は日本で行われたんですよね。

園 もともとはメキシコで撮る予定だったんです。だけど、2年半前に僕が心筋梗塞で倒れて。それでニコラス・ケイジが僕のことを心配し、「メキシコじゃなくて日本で撮ろうよ」と言ってきたんです。その気持ちはありがたかったけど、正直言って僕は少し抵抗があった。だって10数年待ったハリウッドデビューなのに、今までと同じように日本で撮影というのもねぇ……。最初に僕が決めていたのは、スタッフもキャストも全員日本人以外の座組でやろうということ。ところが日本で撮るということは、ほぼ全員が日本人になる。これじゃ日本映画を撮るのと変わらないだろうっていう話ですよ。

だけど、途中から考え方を変えたんです。これはアメリカ映画だし、海外の作品。だから逆に日本を舞台にしたほうが、向こうの観客からするとフレッシュに感じるんじゃないか。ハリウッドで当たり前のものを撮るよりも、日本で撮るほうが目立つことができるんじゃないかなって。それこそ「ハリウッドばりの」じゃなくて、「ハリウッドではできない」という逆転の発想です。とにかく大事なのは目立つこと。目立たなければ、アメリカでは沈没しちゃいますから。

――海外向けということで、やはり撮る際の意識も変わってきましたか。

園 日本映画だったら、この作品は撮っていなかったと思います。海外の人たちが思い描く日本のイメージってあるじゃないですか。つまり「侍」とか「桜」とか「富士山」とか、あとは「パソコン」とかのハイテク。もっとも今はパソコンも日本のものというイメージも薄くなった気もしますが、とにかくそういった類のものですよね。そういった日本のイメージをめちゃくちゃにしたような映画を作ってみたいというのは、昔からずっと考えていたことではあるんです。『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』はパラレルワールドの世界観です。江戸時代っぽいのに登場する人物が携帯を持っていたり、車が走っていたりする。「もし明治維新が起こらず、そのままずっと現代に至ったら、きっとこんな日本になっているだろう」という設定なんですね。

――制作を進めるうえで、勝手が違うことはありましたか?

園 アメリカ人のプロデューサーは情にほだされないですよね。ある意味、冷酷。日本のプロデューサーだともう少し柔軟な対応をしてくれるけど、そういう甘えられる部分は一切ない。ハリウッドってやはり残酷なんだなと思いました。「〇日までに撮り上げろ」と言われて、そこで撮り終わっていなかったら本当に終わっちゃう。「あと2日かければ、もっといい作品になるのに」とか訴えても、「そんなことは知ったこっちゃない」という感じでね。「金がかかるからやめろ」って、それだけの話ですよ。とは言っても、いろいろなケースはあるでしょうし、「ハリウッドはこうである」なんて、僕なんて1作だけで偉そうに断言してはいけないだろうし。

ハリウッドに挑戦することが本当に楽しい

――今後も海外向けの作品を撮り続けるつもりですか?

園 もちろん。むしろこれから永遠にハリウッド映画を撮り続けるつもりです。そういう意味では“最初の監督”になりたいと思います。

――「俺が映画界の野茂英雄になってみせる!」と。

園 アメリカにおいて、ハリウッド映画って存在としてはメジャーリーグよりも大きいんですよ。向こうにいると実感するんだけど、アメリカ人って実はそれほど全員が野球に興味を持っているわけでもなくて。「全米中が大谷翔平フィーバーで揺れている!」みたいな報道を日本ではされるけど、なにかそこは違和感があるんですよ。自分の周りのアメリカ人も、そんなに大谷選手の話はしていませんから。

――向こうはアメフトの存在も大きいですしね。

園 そうそう。だけど、やっぱりそこに来るとハリウッド映画というのは本当に存在としてメジャー。だからこそ、シビアな戦いではあるんですけどね。その中で戦い続けるということに僕は挑戦したいんですよ。

――なぜそこまで挑戦し続けるのでしょうか?

園 僕、今年の12月で60歳になるんです。たしかに普通に考えると、60歳って「人生、そろそろゆっくりしようかな」みたいな時期ですよね。だけど今の僕は自主映画を撮っていた若い頃に戻らなきゃいけなくなった。自分でカメラを持って、そのへんの猫を撮って……みたいなことをやっていたのが20歳の頃なんですけど、精神的にはその頃をもう一度やっている感じ。ハリウッドに挑戦することが本当に楽しいなと思っています。

ずっと日本で映画を撮るというのが普通に想像できる道。だけど、僕は海外でも撮り続けると決めた。これは精神的にも体力的にもすごく大変だし、大きな挑戦です。でもエキサイティングだとも言えるんです。だって、これは昔からの夢ですから。当初考えていたよりも年齢的には上での挑戦になっちゃいましたけどね。これからどこまでハリウッドでビッグになれるのか?もういい年した僕ですけど、そのことばかりずっと考えているんです。

――心筋梗塞になったことで考え方が変わったという面はありますか?

園 それはないです。ただ心筋梗塞をやってよかったなと思うのは、1回心臓止まって霊界に旅立ったんですよね。それからまた、この世界に戻ってきた。リアルに死というものを感じたんです。年齢とか関係なく、人間っていつ突然の死を迎えるかわからない。だから、とにかくやれることは今すぐやっておくんだという気持ちははっきりと生まれましたね。

ハリウッド映画を撮るのは間違いなく昔からの夢だったけど、今回、その夢が叶ったから満足かと言ったら決してそんなことはなくて。「俺、ハリウッドで撮ったんだぜ」って勲章みたいに飲み屋で自慢したいわけじゃないんですよ。「俺、ハリウッドで勝ったぜ」と言いたいんです。だから「ここからどうやって勝ち残っていくか?」というのが本当の勝負。「俺、実は甲子園に出たことがあってさ……」と飲み屋で過去の自慢話をするんじゃなくて、実際にアメリカに渡ってメジャーを目指さないとダメだと思うんです。

――夢を持ち続ける秘訣はありますか?

園 夢って危険なんですよ。夢のせいで人生がブチ壊されることだってありますから。軽はずみに「夢を忘れるな」とか「夢を諦めるな」なんて言うと、それで人生が破綻しちゃうかもしれない。だから夢を見るということは、ある種の覚悟が必要。最終的には大失敗する恐れもあると肝に銘じたほうがいい。でも、夢もない状態で自分は生きていけるのか?それは自問自答すべきだと思うんだよね。夢を持たなくてもいい人だっているはずだし。

――たしかに今は「夢を見ることは無条件に素晴らしい」というポジティブなメッセージばかり先行している印象もあります。

園 僕は中学・高校と異端な存在だったんですよ。変態と言ってもいいかもしれない。もちろん当時から自分は「端っこ」の人間だという自覚はありました。でも端っこなりに「今はメインストリームにはいないけど、俺はあんたらとは違う。高校を卒業したら、お前らのこと、あとで嘲笑ってやるぜ」と心の中で誓っていました。

この記事を読んでいる若者の中には、生徒会長や学級委員長をやるような優等生もいるでしょう。そういう人たちに対しては、僕なんかが言うことはありません。「どうぞ、そのまま受験も頑張ってください」という感じ。でも今、のけ者みたいに学校で孤独を抱えている人に言いたいのは、「今、君が抱えているその夢は宝石かもしれないんだよ」ということ。諦めてほしくないんです。現状ですら邪魔者扱いされているような感じなら、これ以上、悪くなることはないじゃないですか。あとは人生が上がっていくばかりですよ。そういう人たちこそ夢をたくましく抱えて生きてほしいなと思います。

――グローバル化が叫ばれる中、世界を目指す若者にメッセージをお願いします。

園 「馴染むな」と言いたいです。僕は今、ハリウッドに溶け込むためにハリウッド映画を撮ってるわけじゃない。日本人って海外へ行くと、必死になって現地に馴染もうとする傾向があるんです。でも、それじゃダメなんですよ。ガッチガチにエッジの効いた存在として、そのまま独自の世界観を持って勝負しないと、向こうでは烏合の衆になっちゃうんだよね。和んじゃって迫力を感じないというか。

向こうでは、とにかく個人はいかにして目立つかだけを考えていればいい。溶け込んで優等生にならなくていい。映画にしても「いかにもハリウッド映画を作りました」みたいな迎合したものを作ると失敗するんですよ。だって目立たないもん、そんなことをやったって。目立たないからコケちゃう。それよりも一点突破主義的に、なにかものすごく観客に訴えかけるようなエッジが効いたものを作ることが評価に繋がるはずだし、海外を目指すならズバリその発想が大事だと思いますね。

Information

『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
2021年10月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!

ニコラス・ケイジ ソフィア・ブテラ ビル・モーズリー ニック・カサヴェテス
TAK∴ 中屋柚香 YOUNG DAIS 古藤ロレナ 縄田カノン

監督:園子温 脚本:アロン・ヘンドリー レザ・シクソ・サファイ 音楽:ジョセフ・トラパニーズ
配給:ビターズ・エンド 原題:Prisoners of the Ghostland
アメリカ/2021/カラー/105分/PG-12
©︎2021 POGL SALES AND COLLECTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

舞台は架空の未来都市サムライタウン。世界を牛耳る悪徳ガバナー(ビル・モーズリー)の魔の手を逃れたバーニス(ソフィア・ブテラ)をゴーストランドから連れ戻すよう命じられた悪名高き銀行強盗ヒーロー(ニコラス・ケイジ)。制限時間を超えると爆発するスーツを無理やり装着され、ゴーストタウンまでバーニスを追う羽目に。決められた時間内にサムライタウンに戻らねば自身の命が危ない!ヒーローの運命やいかに?!果たして、ヒーローはバーニスを見つけられるのか。ゴーストランドを脱出することはできるのか。そして、サムライタウンはガバナーの手に落ちたままなのか。
悪夢的な世界観、マカロニウエスタン、チャンバラ、SF・・・ジャンルを横断する「フィクションならではの楽しみ」が映画から溢れ出る!ニコラス・ケイジと園子温という狂暴かつ強烈なふたつの才能の、奇跡的な融合から生まれた痛快エンターテインメントがここに誕生した。

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園子温(その しおん)

映画監督

1961年生まれ、愛知県出身。86年、ぴあフィルムフェスティバル入選『俺は園子温だ!』で監督デビュー。翌年、『男の花道』で同フェスティバルグランプリを受賞。98年、『部屋』にてサンダンス映画祭特別賞受賞。以後、『自殺サークル』(02)、『紀子の食卓』(05)、『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』(10)、『ヒミズ』(11)、『希望の国』(12)、『地獄でなぜ悪い』(13)など多くの作品で国内外問わず様々な映画賞を受賞している。監督・脚本・編集・音楽を手がけ、第49回モントリオール・シネヌーヴォー映画祭観客賞受賞、ベルリン批評家週間でも上映された『エッシャー通りの赤いポスト』が待機している。

Photographer:Toshimasa Takeda,Interviewer:Mamoru Onoda