年齢も時代も飛び越えられるのが声優の魅力
――ここからは、畠中さんご自身のことについてお聞きします。畠中さんにとって、人生を変えるきっかけになったものは何でしょうか?
畠中 人生が変わったなというのは、初めて声の芝居と出会ったときだと思います。小学5、6年生で初めて受けたオーディションがきっかけです。両親が役者なので、ぬるっとこの世界に入ってきた部分もあります。「役者やりたい!」って言い続けていたら、なっていたというか。
――やはり声優は魅力的なお仕事ですか?
畠中 最初はよく分からないままやっていた部分が大きいんですけど、『宇宙戦艦ヤマト』みたいな世界観に連れて行ってくれるのってアニメならではだと思います。宇宙にも別の空間にも行けるし、年齢も時代も飛び越えられるのは声優の魅力なんじゃないかなと思います。
――畠中さんはどんな学生でしたか?
畠中 今考えると何も考えてなかったなあという感じですね(笑)。高校1年生のときからアニメ『遊☆戯☆王』の仕事をやらせてもらっていたんですけど。あまり仕事の重みも分かっていない状態でした。バスケ部に所属していて、学校行事も思いきり参加していたし、学校生活を謳歌していました。応援団もやっていたので、『遊☆戯☆王』の収録でも叫ぶし、応援団でも叫ぶという感じでした。今、その頃の自分に会ったら「お前、喉を大切にしろ!この野郎」って、ひっぱたきたいくらい(笑)。でも高校生活は本当に楽しかったです。今高校生の皆さんは、こういうご時世ではありますが、できる限り、その時間を楽しんでほしいなと思います。
――学校行事も応援団も、そしてレギュラーのお仕事もしてという、すごく多忙な高校生ですね!
畠中 高校時代は事務所に入っていなくてフリーで仕事をしていたんです。『遊☆戯☆王』のレギュラーが1つだったので、関連してCMとかバラエティとか、そういう稼働はありましたけど、基本は放課後に仕事を入れてもらって、授業にも収録にも参加できていました。
――事務所に所属したきっかけを教えてください。
畠中 大学生になって、自分で授業を組み立てながら仕事をしていくのはキツイなっていうのと、「賢プロ」(畠中さんの所属事務所)会長の内海賢二さんがご存命のときに、「声の仕事をやるんだったら賢プロね」と言ってくださっていたご縁もあり、所属させてもらいました。スケジュールを管理してもらうというのはありがたかったです。