自分のことしか考えていない主人公に共鳴

――首藤監督は、今回映画化した綿矢りささんの小説『ひらいて』を高校3年生のとき、17歳の冬に読まれたそうですが、その前から綿矢さんの作品は読まれていましたか?

首藤 読んでいました。『蹴りたい背中』のように青春時代を描いた作品もあれば、女性が女性への気持ちを書いている作品もあって、どれも好きでした。中でも『ひらいて』は特別に感じるところがありました。私は中学・高校と女子校だったので、おそらく女の子に対する感情は共学の環境にいる方よりも特殊だったような気がします。そういう環境の中で読んだのですが、思ってもみない方向から人が人を受け入れる瞬間に感銘を受けました。

――主人公の愛に共感する部分もありましたか?

首藤 愛は自分のことしか考えていない主人公ですが、美雪の持つ“イノセンス”に強烈に惹かれてしまったり、美雪の彼氏であるたとえを「奪いたい」と暴力的に思ってしまうことに共鳴しました。

――『ひらいて』はスクールカーストが描かれていて、愛はスクールカースト上位、美雪はクラスで目立たない存在です。ご自身はいかがでしたか?

首藤 共学ではなかったので、オタクとかギャルはいても、あまりカーストというものはなかったかもしれません。各々好きにしているというか。私自身は、友達は多い方だったかもしれません。

――『ひらいて』を脚本化する上でどのようなことを心がけましたか?

首藤 2年半という長い期間にわたって脚本を書いていました。最初は愛と美雪の視点に分けて、中盤で転換するという話にするなど、いろいろな試行錯誤があったんです。その結果、愛を主体として語っていくのがいいだろうと思いました。原作では、愛の恋心や自意識がガーッと書かれているんですけど、私はそれに共感していたので、どうしても愛に力を入れて書いていたんです。でも脚本を見ていただく中で、愛に共感する人は少ないらしいってことに気づきまして(笑)。なるべく引いた視点で、見ていて面白い、だけど何を考えているの分からないみたいな感じで、愛を面白人間として描こうと思いました。でも、どこかに愛に共感してほしいという気持ちもあります。美雪と愛の手紙をモノローグとして交互に入れるというアイデアを思いついてからは、なんとなくそれが脚本の軸になって書けたような気がします。

――思い入れのある原作を脚本・映画化する上でプレッシャーはありましたか?

首藤 ありました。同じく綿矢さんが原作の映画『勝手にふるえてろ』(17年)を見たときは、しばらく「傑作だー」と思って脚本が書けなくなって、余計に時間がかかりましたね。