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最初はドッキリを疑った中国での初主演映画

――まずは自己紹介も兼ねて、最近の活動について教えてください。

中西 2つありまして、今年公開予定の中国の映画で私が主演をさせていただきます。もう一つは、「ギャルコン2021」という、7年ぶりにヤングジャンプで開催されたコンテストでグランプリをいただきました。

――「ギャルコン」は2005年に佐々木希さんがグランプリに輝くなど、大きなコンテストですよね。どのような審査が行われましたか?

中西 オーディションが約半年間と、すごく長い期間で行われました。ファイナル審査はオンライン投票の審査、YouTubeの審査、SHOWROOMの審査など色々な審査がありました。SHOWROOMの配信は、配信自体が一回もしたことがなかったので、最初はカメラに向かって自分で喋るという配信ができるのかな?ってすごく不安だったんです。配信の中でも温かいコメントをいただいて、本当に感謝しています。

――主演された中国の映画はどのような内容ですか?

中西 主人公の中村理香という女の子を演じました。日本人の女子大生が中国に渡って、中国の大学生と一緒に自分が一番見たい記憶に戻れるという、超高速シミュレーション現実装置の研究に取り組みながら、友情や家族愛を育むようなヒューマンストーリーになっています。

――中国での映画撮影はいかがでしたか?

中西 全て四川省で撮影したんですけど、四川に行く事も初めてでしたし、中国映画で主演が決まった時も、「ホントかな、大丈夫かな」って不安な気持ちでした。でも、現場ですごく盛大なクランクイン式が行われて。記者の方、カメラ、スタッフさんの数もすごく多くて。「あ、これはドッキリじゃなくて本当だ」って(笑)、すごく安心した記憶があります。

――台本もすべて中国語ですか?

中西 そうです、全部中国語です。役柄は日本人の女の子なんですが、映画はほぼ全編中国語でのお芝居だったので、毎日撮影が終わったらすぐホテルに戻って、台本と向き合って、という日々でした。中国語は読んだり書いたり、普通に話すのは大丈夫なんです。でも、お芝居となると、そこに感情を乗せないといけないし、映画として残ってしまう以上、発音をちゃんとしたいという気持ちもあって、ホテルでとことん発音をもう一回勉強し直しました。

たくさんの“喜怒哀楽”を感じたアイドル時代

――中西さんが芸能界を目指したきっかけを教えてください。

中西 初めて女優に憧れたのは幼稚園とか小学1年生とか、小さな頃です。家族でドラマを見ていて、作品の中で亡くなった方が、違う番組にも出ていて。それを見て「この人、こないだ亡くなったよね?」と聞いたら、母が、「これは女優というお仕事なんだよ」と教えてくれて。人に感動を届けることができて、色々な人の人生経験できるって素晴らしいなって思ったのがきっかけで女優を志しました。

――女優になる為に、どんな事をしましたか?

中西 小学校の低学年くらいから、地元の三重県から、愛知県の名古屋にある養成所に通わせてもらって、お芝居と歌とダンスのレッスンをしていました。養成所にはデビューする13歳までずっと通っていました。

――その後アイドルグループに入った経緯を教えてください。

中西 もともとアイドルを目指していたわけではないのですが、所属していたアイドルグループが女優が多い事務所だったんです。そこに入ったら女優になれるかな?って思って、そのオーディションを受けて、13歳の時にデビューしました。

――アイドルの世界に13歳で飛び込むのは、分からないことも多かったのではないでしょうか?

中西 グループ入ったときは、デビューして努力したら有名になれるって思っていました。でも、実際に自分がデビューして、そんな簡単な世界じゃないなってことはすごく感じました。

――アイドル活動で苦労もありながら、色々なことを学ばれたのですね。

中西 10代のあの時だったからできたことだと思います。13歳から18歳までは三重県の中学校と高校に通っていて、仕事の度に三重から東京に行く日々だったので、忙しかったんですけど、青春のすべてを捧げたといっても過言じゃないぐらい、全力で頑張っていて。あの時に感じた自分の喜怒哀楽というか感情は、同世代の他の人より多くのものを経験できたと思うんです。すごく貴重な経験をさせてもらいました。

――学校との両立だけでも大変なのに、東京と三重で距離が離れていますものね。

中西 東京から帰ってくると終電になるのですが、家族が迎えに来てくれたりして、そういう支えがあったから両立できたと思います。学校も、すごく温かい学校で、先生も友達もすごい応援してくれました。お昼の校内放送でグループの曲をかけてくれたこともありました。

日々が挑戦! 語学留学、演劇学校への入学

――中国に語学留学したのはなぜでしょうか?

中西 アイドルグループを卒業したあとは、母と個人事務所で二人三脚でずっと頑張っていたんですけど、「アジアで活躍できる女優になりたい、誰も成し遂げてないことをやりたい」という想いがすごく強かったので、中国語をまず学ぼうと。その時は「ニーハオ」と「シェイシェイ」しか話せなかったので。まずは台湾の語学学校に行きました。先生と1対1の学校で日本人の友達を作らないって決めて。学校の先生がすごい温かく優しい方で、お昼休憩の時とか地元の学校の近くにあるローカルのお弁当屋さんに連れていってくれたり。とにかく中国語を聞いたり話したりする環境をつくって3カ月ぐらいで中国語を話せるようになりました。

――「話す」「書く」「読む」「聞く」で一番難しかったのはどれでしょうか?

中西 「書く」と「読む」は割と簡単でした。漢字なのでイメージがつきやすかったです。難しかったのは、「話す」と「聞く」です。中国語はすごい発音が難しくて。私が習っていたのは北京語なんですけど、台湾の方が話す中国語と北京の方が話す中国語って結構違っていて。話せるようになってから北京に行ったときも、最初は一瞬、聞き取れなかったです。いっぱい方言がある感じです。

――どのように勉強をしましたか?

中西 私は書くのが好きなので、中国語を勉強しているときも、中国語の歌の歌詞、見た中国語のドラマとか映画のセリフをピンイン(中国語の発音筆記体)で書き出して、それが合っているかどうかを確認しました。アプリはあまり使わず、とにかく書いていました。ノートもたくさんたまりました。

――そのあとは演技学校に入学されたのですね。

中西 アジアで女優として活躍するためには、演劇の大学を卒業しないといけないことを知りました。北京で多くの俳優が目指すという演劇の大学を受験しました。チャン・ツィーさんとかコン・リーさんが卒業された大学です。

――受験はもちろん中国語ですよね。

中西 そうです。実技もありました。お芝居と、中国語での朗読と武術。武術じゃなくてダンスを披露されている方もいました。私はアクションをご披露しました。

中国語と武術を武器にアジアで活躍出来る女優に

――中西さんの将来の夢を教えてください。

中西 日本だけじゃなくて。アジア、海外で活躍できる女優になりたいという思いが強いです。夢は大きいですけど、いつかハリウッドにも進出したいなと思って中国語だけじゃなくて英語も勉強中です。北京にいたときは早く結果を出したくて、中国映画のエンドロールの制作会社を全部書き出して、自分で作った中国語のプロフィールを持って、制作会社を回ったりしていました。ゴールが見えない、暗いトンネルをずっと走ってきたような感覚でしたが、中国映画への出演とか、一つずつ夢が叶っていったことが嬉しくて。だからこれからも、私のタイミングで夢を叶えていきたいなと思います。中国語とか武術が出来るようになったので、武器の一つとして活かしていきたいし、日中友好の架け橋になれるような、すごく大きい話ですけど、いつか日中友好にも貢献できたらいいなって思っています。

――憧れの方はいますか?

中西 長澤まさみさんが好きです。すごい笑顔が素敵でかわいくて綺麗で。

――疲れた時はどうやってリフレッシュしていますか?

中西 2つあります。1つは地元、三重県にいる家族とテレビ電話をして癒されることです。あとはすごい韓国ドラマを見るのが好きで。高校生ぐらいの時から韓国ドラマにはまって。恋愛ものばっかりみています。胸キュンで癒されています。

――最近オススメの映画やドラマはありますか?

中西 今だと「海街チャチャチャ」が好きです! 高校生の時にはパク・ミニョンさんが主演されてる「トキメキ☆成均館スキャンダル」作品とか、「相続者たち」とか。ひととおり見ていました。

――いつか韓国語もマスターできそうですね。

中西 言語を学ぶことはすごく好きなので、韓国ドラマを見ていても簡単な挨拶は覚えてみたり。アジアで活躍出来る女優になるために、いつか挑戦してみたいです!

中西悠綺(なかにし ゆうき)

女優

1997年2月25日、三重県生まれ。アイドルグループの一期生メンバーとしてデビュー後、卒業に至るまでセンター、メインボーカルを務める。台湾に語学留学ののち、北京の名門国立演劇大学「中央戯劇学院」に進学し演技を、香港で武術を学ぶ。2019年に中国映画の主演に抜擢され、2021年劇場公開予定。中国SNSにて日本人インフルエンサーとしても活動中。日本でも出演映画「僕が君の耳になる」、「ある家族」が2021年夏に公開された。
特技:中国語,武術,新体操
資格:普通自動車免許,特殊小型船舶免許,HSK 漢語水平考試6級,バレトン ソール・シンセシス インストラクター
学歴:中央戲劇学院

Photographer:Atsushi Furuya,Interviewer:Kozue Nakamura