たくさんの“喜怒哀楽”を感じたアイドル時代

――中西さんが芸能界を目指したきっかけを教えてください。

中西 初めて女優に憧れたのは幼稚園とか小学1年生とか、小さな頃です。家族でドラマを見ていて、作品の中で亡くなった方が、違う番組にも出ていて。それを見て「この人、こないだ亡くなったよね?」と聞いたら、母が、「これは女優というお仕事なんだよ」と教えてくれて。人に感動を届けることができて、色々な人の人生経験できるって素晴らしいなって思ったのがきっかけで女優を志しました。

――女優になる為に、どんな事をしましたか?

中西 小学校の低学年くらいから、地元の三重県から、愛知県の名古屋にある養成所に通わせてもらって、お芝居と歌とダンスのレッスンをしていました。養成所にはデビューする13歳までずっと通っていました。

――その後アイドルグループに入った経緯を教えてください。

中西 もともとアイドルを目指していたわけではないのですが、所属していたアイドルグループが女優が多い事務所だったんです。そこに入ったら女優になれるかな?って思って、そのオーディションを受けて、13歳の時にデビューしました。

――アイドルの世界に13歳で飛び込むのは、分からないことも多かったのではないでしょうか?

中西 グループ入ったときは、デビューして努力したら有名になれるって思っていました。でも、実際に自分がデビューして、そんな簡単な世界じゃないなってことはすごく感じました。

――アイドル活動で苦労もありながら、色々なことを学ばれたのですね。

中西 10代のあの時だったからできたことだと思います。13歳から18歳までは三重県の中学校と高校に通っていて、仕事の度に三重から東京に行く日々だったので、忙しかったんですけど、青春のすべてを捧げたといっても過言じゃないぐらい、全力で頑張っていて。あの時に感じた自分の喜怒哀楽というか感情は、同世代の他の人より多くのものを経験できたと思うんです。すごく貴重な経験をさせてもらいました。

――学校との両立だけでも大変なのに、東京と三重で距離が離れていますものね。

中西 東京から帰ってくると終電になるのですが、家族が迎えに来てくれたりして、そういう支えがあったから両立できたと思います。学校も、すごく温かい学校で、先生も友達もすごい応援してくれました。お昼の校内放送でグループの曲をかけてくれたこともありました。