いろいろなきっかけがあって新しいものが生まれた

――今回リリースした『二人なら – ep』は、Karin.さんにとって初めての試みが詰まった作品となっていますが、本作制作までの道程を教えてください。

Karin. 私が音楽を始めたのは高校2年生の6月で、今の事務所に出会ったのが同じ年の11月でした。曲を書き始めた頃から、テーマとして“孤独”というものがあって、そうして生まれた8曲を詰め込んだのが高校3年生の夏に出したファーストアルバム『アイデンティティクライシス』で、翌年の2月にはセカンドアルバム『メランコリックモラトリアム』を出しました。

――約半年で2枚のアルバムをリリースするというのは、ものすごい創作意欲ですね。孤独を突き詰める作業は、精神的に大変なのではないでしょうか。

Karin. 自分が体験したことでしか歌詞を書けなかったので、歌うたびに過去の孤独を鮮明に思い出して、また悲しい気持ちになって……。その悲しい気持ちで曲を書くという連鎖があった中で、抜け出せなくなっていく悲しみもありました。

――2枚のアルバムをリリースした後も、曲を書くペースは変わらなかったんですか?

Karin. 高校卒業後、本格的に音楽でやっていくために上京しようと思っていた矢先にコロナ禍になってしまって、そこですべてが一回ストップしてしまったんです。実家が茨城なんですけど、このタイミングで上京するとしたら、もう茨城に帰って来られないぐらいの覚悟が必要でした。

――他県をまたぐ行動は自粛するように言われていましたからね。

Karin. そういう状況で曲が書けなくなったんです。正確に言うと、書くことはできるんですけど、納得のいく作品ではなくて。そのときに気づいたのが、今まで自分が綴っていた孤独というのは、教室などで大勢がいる中で一人にされているような孤独だったんです。それがコロナ禍で外に出られなくなって、本当に周りから誰もいなくなるような孤独を感じました。その数か月後に、ちょっとずつ活動が再開できたので上京したら、たくさんの曲が生まれたんです。それでサードアルバムの『solitude ability』とミニアルバムの『solitude minority』ができました。もともと2つに分ける考えはなかったのですが、先ほどお話した2種類の孤独に分けてみたら面白いんじゃないかという話になって。大勢の中で感じた孤独が『solitude ability』。少数派の孤独、理解されない、理解してほしいとも思わないような気持ちから生まれた5曲が『solitude minority』。どちらのアルバムも鋭い心の内側を表現した曲が多くて、それを二十歳になる前に出しきろうということで、同時進行で制作しました。制作する中で『solitude ability』に収録されている「過去と未来の間」ができて、その曲を作ったときに、自分のやりたいことをやりきれたという気持ちになれたんです。

――いわば十代に区切りをつけられた曲だったんですね。

Karin. 2つの作品を制作して、ちょっとだけ燃え尽き症候群のような状態にもなったんですけど、すごく気持ちが楽になって。そのときに生まれたのが『二人なら – ep』に入っている「曖昧なままでもいいよ」でした。その後、「純猥談」(※恋愛体験を投稿するサービス)とコラボレーションするお話をいただいて、そのほかに収録されている3曲を書き下ろしました。いろいろなきっかけがあって、新しいものが生まれたんですよね。