自分がゲイだと気づいた中学時代に短歌と出会った

――小説に登場するお友達は皆さんいわゆる「陽キャ」ですよね。小佐野さんもそういうタイプだったのでしょうか?

小佐野 中学のときは、僕はどのグループにもなんとなく属せてはいたけど、逆に言うとどこにも属せていなかった気がします。それなりに人付き合いができていたけど、自分のセクシャリティもあって、誰に対しても心を開ききれないところがありました。なんとなく遠巻きにされてるというか、「ゲイらしい」って噂されていることに気づいていたので。

――作中でも、小佐野さん本人がセクシャリティを公言したわけじゃないのに、周りがうっすら知っている描写がありました。

小佐野 ゲイの人は多かれ少なかれ経験してるんじゃないかと思います。どことなく身のこなしであるとか、好きなものが違うことで噂が広がっていく。それは多くの当事者が経験していると思います。

――中学時代にご自身のセクシャリティに気づいたそうですが、きっかけとなることはあったのでしょうか?

小佐野 ゲイという概念を知ったのが中学に入ってからで、その言葉を与えられて初めて「あ、俺ってそうなんだ」と気づきました。そこから自分の過去を振り返ってみると、友達や親の手前、女の子が好きなふりをしていたことに気がつきました。

――そんな悩みや葛藤を短歌にしはじめたそうですね。さまざまな表現方法がある中で、短歌を選んだ理由はありますか?

小佐野 余白が多く、ある意味「嘘」が許されるからです。詩は中二病すぎて恥ずかしかった。日記も人に読まれたらヤバい。短歌はちょうどいいですよね。程よく高尚な感じもするし(笑)。なにより、三十一音の定型という短さがいい。余計なことを言わないで済みますから。

――短歌と出会ったきっかけを教えてください。

小佐野 中学2年生のときに、俵万智さんの歌集「チョコレート革命」に出会ったことです。この本のあとがきに「歌は出来事を記す日記ではなく、心を託す手紙でありたい。だから心の真実、本当のための嘘ならば、私はとことんつく」といった内容が書かれていました。それを読んで「なるほど!」と。心の真実のための嘘はついてもよくて、しかも五七五七七という短さで「あとはご想像にお任せします」と余白のある表現ができる。それを知って、ノートにたくさん歌を作りはじめました。