人間には枕詞なんかなくてただの「その人」

――本の帯にも「親ガチャ大当たり」とありますが、他人からそう思われることについてはどう感じていますか?

小佐野 この小説は、僕がモデルの主人公がお金持ちである描写も多いので、人によっては「こいつは住む世界が違う」と感じるかもしれません。ゲイであることも、多数派の人にしたら他人事かもしれない。でも、世の中に他人事はひとつとしてないんですね。だから「住む世界が違う」という言葉で、あるいは「私は貧乏だから」「あの人はお金持ちだから」という言葉で分断してほしくないとは思います。

――たしかに、恋や親子関係の悩みなど、誰が読んでも共感できる内容です。

小佐野 そういった悩みは普遍的ですよね。それこそ平安貴族の短歌にも同じような悩みが描かれています。どんな階層の人もみんな同じ世界に住んでいて、苦しみの種類は違っても、それぞれに苦しさを抱えている。

――最後に読者へメッセージをお願いします。

小佐野 人はいろんなレッテルを貼りたがるけど、本来、人間には枕詞なんかなくて、ただの「その人」でしかない。一人ひとりが、たった一人の「その人」であることを大切にしてほしいです。この世はきれいに線引きなんてできないから、ぐちゃぐちゃの世の中を、ぐちゃぐちゃのまま愛してほしい。自分の心の中のぐちゃぐちゃもそのままでよくて、無理にきれいにする必要はないんだってことを伝えたいです。

Information

『僕は失くした恋しか歌えない』
著者:小佐野彈
発売:2021年11月29日
定価:1870円(税込み)
発行:新潮社

有名企業の経営者一族に生まれ、何不自由ない学生生活を送っているフリをしていた「僕」だったが、ある日、同級生男子への思いを綴った「妄想ノート」がクラスの女子に見つかってしまい……。同級生への初恋、出会い系サイトでの冒険、そして人生初の大失恋に家族への露呈――折々で胸に沸き起る狂おしいほどの恋情を歌にしながら、「恋に恋する」ゲイの「僕」が、出会いと別れを経て大人になっていく過程を、瑞々しい短歌と90年代カルチャー満載で描く自伝的青春小説。

小佐野彈

歌人・小説家

1983年東京・世田谷生まれ。1997年、慶應義塾中等部在学中に作歌を始める。慶應義塾大学経済学部卒。大学院進学後に台湾にて起業。現在、台湾台北市在住。2017年「無垢な日本で」で第60回短歌研究新人賞受賞。2018年、第一歌集『メタリック』(講談社)刊行。2019年第12回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」、第63回現代歌人協会賞受賞。2019年6月に初の小説『車軸』(集英社)刊行。また、俵万智、野口あや子との共編書に『ホスト万葉集』『ホスト万葉集 巻の二』がある。最新歌集は『銀河一族』(短歌研究社刊11月30日発売)。

Photographer:Hirokazu Nishimura,Interviewer:Saki Yoshitama