odolにはodolにしかない魅力がある

――活動の幅もさらに広がりそうですね。そして今年を振り返ると、7月のはじめには兵庫県で開催された野外イベント「ROKKO SUN MUSIC 2021」に出演しています。odolとしては久々の有観客ライブだったと思いますが、いかがでしたか?

森山 単純にライブ自体ができていなかったので、自分たちにとって「やっぱりこれは必要な時間なんだ」と再確認できました。

ミゾベ 関西まで行って宿泊もして、演奏のためにたくさん準備もしていったので、「ライブをしたぞ!」という感覚はすごくありました。森山も言いましたけど、お客さんを目の前にして歌うことは、僕の音楽人生の中で大事なものの一つだったんだなと。

――前回インタビューしたときはミゾベさん、森山さんのお二人に地元福岡での出会いからバンド結成に至るまでをお話いただきましたが、今回はシェイクさんにお二人との出会いについてお聞きしたいです。

シェイク 2012年になるかな。最初にミゾさんと出会いました。僕はもともと(バンドを卒業した)井上(拓哉)と高校生のときからミクスチャーバンドを組んでいたんです。そのときにミゾさんと井上が大学で友達同士だということもあって、ライブにきてくれて。実際にお会いしたときもすごく気さくな人でした。森氏とは、ミゾさんが東京にきてから最初に組んだバンドのライブを観に行ったときに、会場で少し話したことがあって。その時は初対面で緊張していたし、何をしている人なのかもあまりつかめていなかったんですけど(笑)。

シェイク ソフィアン

――odolにはどの段階で加入したんですか?

シェイク ミクスチャーバンドが解散したタイミングで、ミゾさんからodolというバンドを始めるという話を聞きました。井上はすでに入っていて、僕にも声をかけてもらった形です。

――ミゾベさんと森山さんからみて、最初のころのシェイクさんの印象はどういったものでした?

ミゾベ 福岡でバンドをやっていたときはこんなに体が大きくて、派手なプレイスタイルでベースを弾いているような人はいなかったので、「ちょっと怖いな」みたいな感じでした(笑)。組んでいたミクスチャーバンドも、ちょっと尖っているようなバンドだったから。だから、初めて彼らのライブで話したときに、すごく優しい男で驚きました。

――森山さんはどうでしたか?

森山 まあ、正直あまり覚えていないところもあるんですけど(笑)。ただ、僕は早い段階からodolでやっていくぞ、と決めちゃっていたので、その温度差で、最初のころは他のメンバーとも衝突することもあったんです。そんな中でソフィアンはそれを素直に受け入れてくれていたというか、バランスをとってくれる存在だったかなと思います。あと、メンバーで一人だけ年下だったので、初めはすごく遠慮してそうだった(笑)。

森山公稀

――バンド活動を続けていく上でシェイクさんの柔軟な姿勢がキーになるときもあったんですね。

ミゾベ ソフィアンって、バンド活動をしてきた数年間でシンセサイザーができるようになったり、音楽以外だと車の運転ができるようになったり、できなかったことができるようになっている数がめちゃくちゃ多いんです。ほかにもメンバーが5人だった頃なんかは例えば何か新しいことをやらないといけない人が一人いるとしたら、まずソフィアンにみんなが頼るような。この曲にコーラスがほしいけど、誰がいけるかなって思ったときにも、「ソフィアンならいけるかも」って。

ミゾベリョウ

――シェイクさんが感じるodolの魅力を教えていただけますか?

シェイク もともと僕はodolにはゼロベースで、いろんなものを吸収してやるぞという気持ちで入ったんです。それからodolのメンバーとして活動していくなかで、ここでしかできない体験や学びがたくさんあると感じました。自分自身、バンドに入ってから確実に成長している部分があるので、このバンドで活動し続けることはとても意味のあること。他のバンドにもいろんな魅力があるけど、odolにはodolにしかない魅力がある。メンバーが卒業したことはとても寂しいことですが、バンドとしての活動は新たなフェイズに進むんじゃないかなと思います。