数学や日本史を学ぶ意味は考え方の練習をすること

――お二人が提唱するノートの取り方で印象的だったのが、複数のペンやマーカーを使わず1色のペンのみで書くところでした。

菅 ノートは人に見せるものではなく、自分の頭の中を整理して、物事の理解を深めたり、記憶したりするために行うものです。だからペンは1色、多くても2色で十分。これは僕自身、学生時代から変わりません。カラフルにしたり、市販のシールでデコったりするのは、ノートをきれいに作り込むことを最終目標にしているんですよね。

宇治原 学生時代、ノートをきれいに書いたり、工夫して書いたりすることが目的になっている人を見かけたことがあります。そっちに力を注ぎ込んで、結局テストは何点やねんって感じでしたけど(笑)。

菅 ただ学生時代は、今みたいに確信があってノートを取っていた訳ではなく、自然とやっていたことでした。

宇治原 結局は後で見返せるように書けるかってことだと思います。ただ、あまりにも丁寧にやりすぎて、そこに時間を使うのももったいない。なので、ぎゅうぎゅう詰めにしないとか、なるべく読みやすく書くとかは、学生時代から意識して、意味のあるノートを作ろうと思っていました。もちろんカラフルにして成績が上がったのなら、そのやり方が自分に合っているので正解だと思います。

――本には「数学的なノートの使い方と歴史的ノートの使い方」という章があります。そこでは数学的なノートは「問いと解が対となって書かれるもの」、歴史的ノートは「時系列順に人物やその実績、出来事などが連続して記されていく」と分類。数学的ノートは問題解決のためのノート、歴史的ノートは上司や取引先から言われた指示や注意を時系列的にまとめていくノートとして、社会に出たときに応用できると説明しています。この考えは社会に出てから気づいたんですか?

菅 ある程度、学生のときにそういう訓練ができていたような気がします。それを社会人になって、自分自身で使いこなせるかどうかがすごく大事だなと思っていて。たぶん学生時代は使いこせる頭になっていたのに、社会人になってノートを取らなくなって無駄にしているんじゃないかと。

宇治原 数学的ノートと歴史的ノートって、すごく重要なんですよ。よく学生さんに「なんで勉強するんですか?数学っていつ使うんですか?日本史を覚えて社会で使うんですか?」みたいなことを聞かれるんです。大抵の人が疑問に思うことですけど、直接使うんじゃなくて、そのやり方を学生時代に覚えて、社会に出たときに解決できるようにする訓練をやっているんです。

――知識を詰め込んでいるだけではなく、思考法を学んでいるということですね。

宇治原 これは大人になってから思い出したことですが、教科書って教科ごとに「はじめに」っていうページがあって、数学はこういうため、日本史はこういうために勉強しますよということが実は書いてあるんです。それを読んだら、考え方の練習をすることが分かるはずなんです。