こんなに分からないものがあるならまだ安心
――印象的なアルバムタイトル『夜にしがみついて、朝で溶かして』は、どのように決まりましたか?
尾崎 アルバム収録曲の「ナイトオンザプラネット」が自分の中では大きくて。新型コロナの感染が拡大し始めた頃、ちょうど10周年のツアーを回っていて、今までで一番大きな会場でライブをすることも決まっていました。そのライブが延期になった時、初めての経験だったので、何かした方がいいかなと思って、なんとなくギターを手にしてできた曲が「ナイトオンザプラネット」のサビでした。その曲の最初のフレーズをアルバム名にしました。
――歌詞にも出てきますが、ジム・ジャームッシュ監督が1991年に撮ったオムニバス映画のタイトルが『ナイト・オン・ザ・プラネット』で、この作品は尾崎さんにとって大きな存在の映画だとお聞きしました。
尾崎 高校生の時に、大晦日を友達と一緒に過ごすということを周りがやっていました。1年生の時は、それに自分も従ったんですけど、2年生になると周りと同じようなことをするのが嫌になって。それでTSUTAYAに行って、一人で過ごす用の雑誌を買ったり、CDやVHSを借りたりしました。その時に5本で1000円というキャンペーンをやっていて、それで前から気になっていたけれど、古い映画だから観ていなかった『ナイト・オン・ザ・プラネット』を借りてみました。借りた映画の中では一番期待をしていなかったんですけど、夜中の2時か3時くらいまで寝られなくて、つまらなかったら観るのをやめようと思って観始めたんです。そしたら、友達と集まらずに大晦日を一人で過ごした自分の感覚とぴったり合って、最後まで観たら朝になっていて。「朝だなー」と思って窓の外を見た時に、ふとバンドやろうと思ったんです。
――天の啓示みたいですね。
尾崎 中学生の頃から路上ライブをやるなど、すでに弾き語りは一人でやっていたんですけど、バンドでやろうという発想はその時が初めてでした。なぜか一人で過ごした夜に、人と一緒に何かやることを選んだんです。誰かのライブを観て衝撃を受けたとか、もっと決定的なきっかけがあった訳ではなく、なんとなくジャームッシュ映画の言葉にできない空気感に触れてバンドをやると決めたのは自分らしいと思います。クリープハイプというバンド名も、映画の中に出てくる「Hype!(※イケてるという意味のスラング)」というセリフが印象に残っていて、そこから取りました。それで2001年にバンドを結成しました。
――その後、2012年にメジャーデビュー、再来年はデビュー10周年を迎えられます。
尾崎 10周年という節目を前にした2021年は、新型コロナの影響とはいえライブができなかった。多くの期待を裏切る形になってしまい、単純にお客さんに申し訳なかったし、どうしようもないと分かってはいても諦めきれなかった。本当に意味が分からないなと感じた悔しいその感覚は、ちゃんと曲に残しておきたいと思ったんです。バンドを始めたきっかけになった時と同じような言葉にならない感情があって、高校生の時に感じた感覚というものを、もう一回曲にしたいなと思ってジャームッシュの映画をテーマに「ナイトオンザプラネット」を作りました。
――映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』のどこに魅力を感じたのでしょうか?
尾崎 最初から、そんなに人に期待していない感じが好きなんですよね。あと、あの映画の会話は喋っている時よりも喋っていない時の方が魅力的で、そんな感覚で人と付き合っていきたいと思わされました。今の時代、どうしても分からないものがあると、みんなすぐに怒るし、飽きる。分からないものを許せない世の中だと思うんです。ジャームッシュの映画は、何のためにこれを喋っているのか分からないこともいっぱいある。でも、分からなくてもそれがすごく魅力的だと思えて、その感覚が最近、改めていいなと思っているんです。自分の作品でも、意味が分からないと拒絶されることがあります。でも、そこにこそ、こんなに分からないものがあるならまだ安心だという、自分を守ってくれるような感覚があるんです。ぜひ、今の10代の方に『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観てほしいです。