たとえ失敗したとしてもチャレンジしたほうがいい

――美緒さんはお父様が仲村トオルさん、お母様が鷲尾いさ子さんと、両親ともに役者という芸能一家ですが、小さい頃から芸能界に興味はありましたか?

美緒 全くなかったんです。両親は家に仕事を持ち込まなかったですし、「親と同じことをしなくてもいいんだよ」みたいな雰囲気で育ってきました。父の出ているドラマを見ることもあったんですけど、家での姿とは全然違うので、役によっておちゃめな感じにも見えるし、堅物にも見える。「こういう顔もするんだ」って驚きはあったんですけど、自分がやりたいとは思わなかったです。

――大学在学中にお仕事を始められたそうですね。

美緒 大学2年生の終わりに、父の出演していたCMを作ってくださっている方から、お仕事の打診があって。「こんな話をいただいたんだけど、どうする?」と父を通じて聞かれました。それまで父は、私が「やりたい」と言ったこともないのに、芸能のお仕事には反対だったんですが、私が二十歳になったというタイミングだったので、本人の意思に任せようと思ったのかもしれません。

――それまで興味がなかったのに、どうしてやってみようと決断したのでしょうか?

美緒 せっかくいただいたお話ですし、「やっておけば良かった」と後悔するよりも、チャレンジさせていただいて肌で感じることができれば、たとえ失敗したとしても、諦めがつくと思ったんです。その時点では、その後も芸能活動を続けるとは考えていなかったんですが、父の事務所に所属させていただいて、モデルのお仕事を始めました。

――時期的に、そろそろ大学卒業後の進路を考え始める時期ですよね。

美緒 最初は、まだ大学生活は2年間あるから、その間に将来のことを考えようぐらいの軽い気持ちでした。でも3年生になると周りは就職活動を始めるので、友達の動向を聞きながら、自分が本当にやりたいことって何だろうと考えました。将来を考える上で一番身近な存在が親なので、親の姿を見ているうちに、自分も同じ世界で挑戦してみたいという気持ちが芽生えてきました。

――このお仕事を始めるまで、高身長がコンプレックスだったとお聞きしました。

美緒 小学6年生の時点で167センチぐらいあって、ランドセルが似合わなかったんです(笑)。そんなこともあって、どんどん身長に対するコンプレックスが高まっていきました。小学生の頃はバレーボールに打ち込んでいたんですけど、「バレーボールでジャンプするから背が伸びるんだ」と思い込んで、中学生では仲の良い子と一緒に剣道部に入りました。頭部に背が縮むツボがあるという話を聞いたことがあって、剣道は頭を叩かれるから縮むんじゃないか?という安易な考えでした(笑)。でも中学を卒業するまでに、さらに7センチぐらい背が伸びました。

――高身長を羨ましがる友達も多かったんじゃないですか?

美緒 よく「いいな」って言われていましたけど、ちょっと嫌味っぽく聞こえたら申し訳ないんですが、私は平均身長のほうが羨ましかったです。小学校から大学まで女子校だったんですが、高校生になると男子校の文化祭に行く友達もいるんです。そのときに、「美緒と同じぐらいの背の男の子がいっぱいいた」という報告を聞いて、恋に憧れている年齢でもあったので、「男の人って私と同じくらいの身長なんだ……」と思うと、余計にコンプレックスになりました。

――モデルのお仕事で高身長は大きな武器になります。

美緒 最初にお仕事のお話をいただいたときに、「高身長は武器だよ」と言っていただきましたし、逆にコンプレックスを感じているほうがかっこ悪いなと思いました。それからはコンプレックスを感じることはなくなりました。

――大学生になるまで、それほどオシャレに興味がなかったそうですね。

美緒 大学入学当時は本当に芋っぽくて、自分の容姿に興味がなかったですし、服なんて着てたらいいでしょうって感じでした。スウェットにジーパン、髪はボサボサ、お化粧もしないで、リュックを背負って学校に行ってました。今考えると、よくそれで電車に乗ってたなって思います。でも大学でキラキラしている子たちを見ているうちに、自分も化粧をしようと思って、友達に教えてもらいながら化粧をするようになりました。

――洋服に興味を持ったのは、モデルのお仕事を始めてからですか?

美緒 昔から可愛い女の子が大好きだったので、ファッション誌やファッションサイトはチェックしていたんですけど、自分がそのお洋服を着ている姿は全く想像できなかったんです。いろんなお洋服を着せていただいて、ファッションって楽しいと思うようになりました。モデルのお仕事はすべてが新しくて、たぶん普通に生きていたら経験することのないことばかりで、少しずつやりがいを感じるようになりました。