カーリングシトーンズ結成のきっかけは6人のLINEグループ

――カーリングシトーンズのメンバー6人がどのように集結したのか教えていただけますか。

寺岡 僕のソロデビュー25周年のときに、6人のLINEグループを通じてライブに出てほしいと連絡をしたんです。そしたら、みんなのスケジュールが、たまたま空いていたので、「せっかくだったら、ただ名前が並ぶだけじゃなくて、架空のバンドにしたらどうかな?」と提案したら、「いいんじゃない」と。「バンドを名乗るからには一人一曲ぐらいは新曲を書いてくれないかな」という話をしたら、約2ヶ月で15曲ぐらいできちゃったんです。それで新曲だけでデビューライブを行いました。

――もともとは一夜限りのライブで終わる予定だったんですよね。

寺岡 そうだったんですが、デビューライブが終わった段階で、「レコーディングしようよ」という流れになって、レコーディングを終えたら、「それを持ってツアーに行きたいよね」と。それで今に至って、なんやかんやで3年以上続いています。デビューライブには僕と同郷の世良公則さんがゲストで出てくれて。そのときに世良さんが、「自分たちの世代でも、こういうことをやりたかったけど難しかった。こうやって君たちはできているんだから、これからも続けたほうがいい」と仰ってくれたんです。だから、やれるようでやれないグループなんでしょうね。

――曲作りやライブのセットリストはどうやって決めているのでしょうか?

寺岡 曲作りに関しては、特にみんなで分担しあった訳じゃなくて、いつの間にか増えていきました。最近になって、メンバーが歌ったり演奏したりしているシーンがイメージできる曲、こういう曲をみんなで演奏したら面白いかもなっていう曲が増えている気がします。セットリストに関しても、一応リーダーの僕がなんとなく「こういう感じでどうかな?」と提案しますが、リハを通してみんなで緩く決めていきます。

――ライブで曲によって楽器の担当が変わっていくのも斬新でした。

寺岡 デビューライブで、僕が「サポートメンバーを入れようか?」って言ったら、奥田シトーンが「カーリングシトーンズはサポートなしで!」と言い出して、なんとなくそれが定着していきました。今では何が何でも自分たちだけでやっています。

――すごく自由な雰囲気なんですね。

寺岡 自由ですね。でも、この6人じゃないと出せない何かがありますし、ライブを重ねて年月が経つほど、それを強く感じます。今回リリースした映像作品を見返したら、1年ぶりぐらいのライブで、それほどリハができなかったのにも関わらず、進化を感じました。みんな楽器のスペシャリストというよりも、歌を歌う人たちなので、だからこその雰囲気を醸し出せるドラム、ギター、ベース、キーボードという気がします。とても個性があるんですよね。

――みなさん歌い手だからこそ、歌に寄り添った演奏だなと感じました。MCでも全く会話が途切れず、さすがだなと思いました。

寺岡 みんな頭の回転が早いんですよ。僕と斉藤シトーンはしゃべる隙がない(笑)。MCでも不思議とみんなの個性が出ています。

――アンコールでの寸劇も楽しかったです。

寺岡 ちょうど、そのときにトータスシトーンがNHKの朝ドラ(『おちょやん』)に出ていたので、リハ中も話題になっていて、これはもう避けて通れないなと。なので寸劇をやるのはリハ中に決まったんです(笑)。

――ティーンに向けて、カーリングシトーンズの魅力をアピールしていただけますか。

寺岡 今回の映像作品にも収録されている「オイ!」という曲のサビに「時間は平等だろう!」という歌詞があります。老いをテーマにした曲ですが、僕らの世代の音楽を聴いてもらって、「こういった大人の遊びをワチャワチャしながら年齢を重ねていくんだ」ということを感じてもらって勇気を届けられたらなと。遊ぶって大事なことだし、大人になっても遊び場がある大人は羨ましい、こういう遊びができるような仕事に就きたいな、と思ってもらえるとうれしいです。