干渉してこない友達は居心地が良かった

――小さい頃からモノ作りや表現への欲求があったのでしょうか?

高嶺 小学校の頃から、図工は「めちゃくちゃ上手い」って褒められていて、そこだけは誰にも譲りたくないという気持ちがありました。中学生になると、ゴスロリやロリータなど、いろいろなファッションに興味が湧いてきました。幼少期から好きな服を100%着られることって普通はないじゃないですか。僕もお母さんに抑圧されていたのもあって、なかなか好きな服を着られず。そういう思いを叶えるためにイラストで自分の着たい服を、創作した女の子に着せて楽しんでいました。

――いつ頃から自撮りを始めたのでしょうか?

高嶺 高校に入るまで携帯を持たせてもらえなかったので、高校生になってからです。ただ今思えば携帯を持つのが遅くて良かったなって思います。小学校や中学校のときに持っていたら、SNSに救いを求めて、変なトラブルに巻き込まれる可能性もあったと思います。携帯を持たせてもらった後も、SNSをやることは禁止されていましたが勝手にやっていました。最初は学校の友達と繋がるだけのアカウントしかなかったんですけど、高校1年生の終わり頃にはちょっとした自撮りや自作の絵を上げるようになりました。

――高校時代もいじめは続いていたそうですが、SNSが救いになった部分はありますか?

高嶺 あるかもしれません。公立の高校で中学からの持ち上がりだったので、嫌な噂を流されたり、悪口を言われたりすることはありました。SNSという学校や家庭という狭い環境以外のフィールドで、いろんな人と繋がったりしゃべったりするのが新鮮でした。

――高校生の頃からSNSをきっかけにモデル活動やブランドのプロデュースなどといったファッション分野での展開は想定していましたか?

高嶺 最初からやろうという感じではなかったんですけど、高校3年生のときに1回バズって、特定のファンがついてきたくらいから、SNSを使ったビジネスをしたいなと思っていました。きっかけとしては中学1年生のときに、地元でファッション系のイベントがあって、そこで自分の作品を新聞社さんに取材してもらいました。そのときに、「将来の夢はファッションデザイナー」と語っている記事が今でも家に残っています。中学3年生のときにも自分が作ったドレスが兵庫県代表になったり、高校時代もグランプリを始めファッションの賞をいろいろいただいたり。そういう成功体験がファッションデザイナーになりたいという夢を後押ししたのではないかと思います。

――それによって周囲の反応も変わってきましたか?

高嶺 中学生のときまでは、「そういうことだけはできる陰キャ」という扱いでした。高校生になってからは「やべえ奴」という扱いには変わりないけど、そういう方面ではすごいねと言われていました。通っていた高校は美術科もあって、学校の広報誌に自分の作品が載ったりすると、周りの子は「ヒナちゃんすごいやん!」と言ってくれました。美術に理解のある子たちが多かったので、ちゃんと評価してくれたんですよね。

――現在、大学に通われているそうですが、どのように進路選択したのでしょうか?

高嶺 最初は東京の大学に行きたかったのですが、母に「お前に一人暮らしができる訳がない!」って言われて喧嘩になってしまいました(笑)。そんな中、特待生で大学に入って、良かったか悪かったかはまだ判断できないですが、親友と呼べるような子にも出会えました。同じ分野が好きな子たちが集まっていて、みんな良い意味で他人に興味がなくて干渉してこないんです。自分のやりたいことをやっているから、他人のしていることに口を出したり文句を言ってきたりすることもなく、本当にストレスフリーな環境でした。

――一人ひとりが好きなことをやるという雰囲気だったんですね。

高嶺 人によってはバチバチしているかもしれませんが、僕に関しては早くからSNSである程度名前が売れていて、いろいろな活動を始めていたので、比較やひがみの対象にもならなかったのだと思います。大学に入った当時は、醜形恐怖症もあって自己肯定感も低くて、僕なんかが入れるような学校にはレベルの低い人しかいないんじゃないかと思い込んでいました。ところが全然そんなことはなくて、みんながやりたいことに向かって研究や勉強をしていて。めちゃくちゃ失礼で申し訳ないな、嫌な奴だったなと反省しています。小・中・高と偏見の目に晒され続けてきた人間だから、他人も偏見の目で見ちゃってたんでしょうね。

――大学卒業後は、IT系の会社に入るそうですね。

高嶺 ITはこれからも絶対に発展していく事業だし、将来性と安定がほしかったんです(笑)。

――アパレルとは関係のない会社ですか?

高嶺 全く関係ないです。今後もアパレルは自分でやろうと思っていましたし、これまで自分が築きあげてきたデザインやアイデア、SNSマーケティングがあるから、会社でそれをやると上と衝突しそうだなと思ったんです。

――最後に進路選択を控えるティーンにメッセージをお願いします。

高嶺 考えすぎない方がいいと言う人もいるのかもしれないですけど、僕はめちゃくちゃ考えてくださいって思います。やり直しがきかないことはないけれど、その年齢で選択できるのは1回しかないから考え詰めるくらいでいいかなと。僕はめっちゃ冒険したいタイプに思われがちなんですけど、意外にいろんな可能性を考慮して石橋を叩いて渡るほうです。若さゆえの短絡的な思考をすることも多かったんですけど、20歳を超えてからは、自分の人生ちゃんと考えていかないといけないなという意識も芽生えてきました。高嶺ヒナとしても、生身の自分としても両方で良い人生を送っていきたい、大事なものを守っていきたいという気持ちが出てきて、それからは一呼吸置いてから考えようと思うようになったんです。たとえばアパレルの契約書一つとっても、その場でOKを出さずに、いったん持ち帰って家族とも話し合っています。やりたいことに焦りすぎても、悪いループにハマってしまうので、本当に自分にとって良い選択なのか情報を集めて吟味することも大事だと思います。

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高嶺ヒナ

モデル・コスプレイヤー

1999 年 11 月 15 日、兵庫県生まれのコスプレイヤー。原宿系ファッション誌「HARAJUKU POP」、アパレルブランド「OZZ ON JAPAN」のモデルとしても活動。また、SNS 総フォロワー200万超えのアイドルユニット「夜光性アミューズ」のほか、複数のアパレルブランドの衣装デザイナーとしても活躍している。自身のブランド「HIDOLATRAL THEODOL」。SNS 総フォロワー19万人(2022年2月現在)

Interviewer:Takahiro Iguchi