インドでの多彩な経験から言葉は溢れるように出てきた

――応募する前から出版甲子園の存在はご存じでしたか?

熊谷 恥ずかしながら、全く知りませんでした。本を出したい思って高校生として出版できる方法を調べたのですが、持ち込み原稿くらいしか見つからなくて。もともと本の売り上げから寄付金を作りたいという気持ちもあったので、自費出版では意味がなかったんです。そんなときに出版甲子園を見つけて、これがダメなら他に手はない、一か八かというくらいの気持ちで応募しました(笑)。

――準備にはどのくらいの時間をかけましたか?

熊谷 2020年の7月頃に最初の企画書を出しました。その後、1次2次3次審査まであったのですが、その度に担当者さんと一緒に企画書を磨いていきながら、プレゼンの準備をしました。11月末に決勝大会があって、審査員の編集者さんたちの前でプレゼンで、私のときはオンラインでの開催でした。当時はインドにいたので、オンライン開催のおかげで参加できました。そこでグランプリをいただき、実際に原稿を書き始めたのは1月頃だったと思います。本になるという約束ができてから、原稿に取りかかり始めたので、そこまでの道のりは長かったですね。出版甲子園は大学生や大学院生が中心の大会で、高校生はほとんどいませんでした。

――初の著作とは思えないほど、ボリュームのある原稿ですが、エピソードが豊富で構成もしっかりしていたので、一気に引き込まれました。

熊谷 食事や学校のことなど、触れているジャンルも多岐にわたります。いろんな角度からインドを切り取って、読者の方がなるべく飽きないようにしようと意識しました。それにインドで、たくさんのものを見て、たくさんのことを感じたので、書きたいことは溢れるように出てきました。コロナ禍の影響もあって、インド国内を回ることができたのは実質1年半くらいです。ただその間だけでも1冊の本ができるぐらいのエピソードがいっぱいあって、毎日が驚きの連続でした。そういう意味では凝縮された濃い時間だったのではないかと思います。

――文章も堅苦しいものではなく、あまり本を読まない同世代のティーンにも身近な文章だと感じました。

熊谷 こんな切り口で話したら若い方にも共感してもらえるかなというエピソードを少しずつ出していきました。出版甲子園でも言いましたが、若い世代に読んでもらうためにSNSで多く使われる「!」や「?」などの符号を多くして、ツイッターやブログなどを読んでいるような文体を意識して、気軽に読める本にしたかったんです。そのための工夫も楽しんでいたように思います。