インターは入れ替わりが激しくて似たような境遇の人たちが集まっている

――インター(インターナショナルスクール)での生活はいかがでしたか?

熊谷 最初はたじたじでした(笑)。でもインターは人の入れ替わりが激しいので、新しい人が来ることにも慣れているし、そもそも誰が新しい人なのかも分かっていない。言ってしまえばみんなが新しい人です。似たような境遇の人たちが集まっているので、繋がりやすい部分はあったと思います。あと、ありがたいことに家族がいろいろな環境を整えてくれました。

――インターでは幅広い年齢層が集まっていたのでしょうか?

熊谷 kindergarten(幼稚園)から日本の高校3年生に当たる学年まで一貫なので、キャンパスの中で小さい子どもたちに会うこともよくありました。国籍もバラバラで、ブータンやアゼルバイジャンなど、なかなか出会えないような国の人もいました。イギリス人であるシェイクスピアの作品を、アメリカ人の先生が教えて、それをインド人も日本人もサウジアラビア人もイスラエル人も一緒に学んでいるという不思議な空間でした。一人ひとりが個人として受け入れられている感じがあったので、私も日本人と意識しないで、素の自分でいられた気がします。

――インドに慣れるまでに苦労したことはありますか?

熊谷 人に何かをやってもらうことです。中学3年生のときにインドに行ったのですが、14歳か15歳でお手伝いさんやドライバーさんなどの上に立つ立場になることに、ものすごく違和感がありました。日本だったら自分で歩いてどこにでも行くし電車にも乗れるのに、それができないというもどかしさがありました。

――スラムに行かれるなど、積極的に活動されていますが、もともと行動的なタイプでしたか?

熊谷 せっかくインドにいるんだから、なるべくいろんなところに足を運びたいと思っていました。スラムに関しては、学校に行くときに乗っている車の窓をノックしてくる小さい子どもがいて、それに慣れてしまってはいけないと思ったんです。現地に住んでいるインド人の方なら、そういう光景を生まれたときから見ているので多少は見慣れてしまうかもしれません。でも私はそういうちょっとした違和感や胸の痛みのようなものは忘れたくなかったし、それをうやむやにしてしまうのは良くないなと思ったんです。

――スラムのボランティアにも参加されていたそうですね。

熊谷 スラムのボランティアは毎週行っていました。子どもたちとは友達のように仲良くなって、いつも一緒に写真を撮ったりはしゃぎ合ったり。インドに行くまでボランティアはやったことがなかったのですが、通っていたインターは、ボランティア精神を重視していた学校で、ボランティアクラブがいくつかありました。医療系の看護実習をするようなクラブもあれば、環境系もあって。私も同級生と動物愛護のクラブを新しく作って、動物シェルターなどと連携して活動していました。

――ボランティアの価値観も国によって様々ではないでしょうか。

熊谷 宗教などによってかたちは違えど、そういうものを超えて、自分の能力や時間を必要な人や場所のために使う、隣人に手を貸すことの大切さは、どこの国でも同じだと思います。大勢の命を助けるというような大掛かりなことではなくても、もう少し気軽に生活の中でできることでも、人助けに繋がることって、きっといっぱいあるはずです。

――動物愛護のボランティアクラブを立ち上げようと思ったきっかけは?

熊谷 学校の行事で、インド各地を1週間旅行する機会がありました。学年に関係なく抽選で行先が決まるんです。そこで一緒になった友達と国立公園に行きました。トラやシカなど野生の動物がたくさんいる場所で、生態系について学んで。みんな動物好きだったこともあって、「デリーでも動物を大事にする活動をしたいよね」という話になりました。もともと動物は好きでしたが、日本で動物を見るのはペットショップや動物園くらい。インドでは日本で自転車が走っているのと同じ感覚でそこら中に牛とか犬とかいろいろな動物がいます。最初はビックリしましたが、徐々に景色の一つとして馴染んでいって。人も牛も犬も全部一緒に住んでいるような感じだったのも、ボランティアの対象を人だけでなく動物にも広げていいんじゃないか、とクラブを立ち上げた理由の一つです。