高校卒業後、歌手を目指して上京。デビューが延期になっても折れなかった
――歌手を目指したきっかけを教えてください。
岡本 もともとはピアニストになりたいと思っていました。歌はどちらかというと苦手でした。高校1年生のときにラジオでドリカム(DREAMS COME TRUE)の吉田美和さんのヴォーカルを聴いて鳥肌が立ったんです。次の日にはドリカムのアルバムを買って、それからはピアノを弾く時間がどんどん歌う時間に変わりました。音大を目指すのをやめて「東京に行って歌手になる!」と言い出したので、周りには反対されました。私は家庭の事情で祖父母が親代わりだったんですけど、特に祖父が大反対で。でも反対を押し切って、高校卒業後に上京しました。
――学校の先生の反応はいかがでしたか?
岡本 仲のいい担任の先生には「なに考えてんだ!?」って言われました(笑)。その先生とは今も仲がいいのですが、いまだにその話になります。今となっては笑い話ですね。
――高校を卒業して上京されるときには、すでに所属事務所が決まっていたのでしょうか?
岡本 はい。高校3年生のときに、ドリカムや今井美樹さん、中森明菜さんなどの楽曲を5曲くらい歌ったテープを事務所に送ったら、「高校を卒業したら来なさい」と言われたんです。でも、もし事務所が決まっていなかったとしても、上京していたと思います。音楽に関しては、やりたいことを曲げられないんです。
――上京してすぐにデビューしたのでしょうか?
岡本 実はいろいろあって3回くらいデビューが延びてしまって、デビューできたのは21歳のときです。
――デビューが延びてしまったときの心境は?
岡本 友達や家族は「騙されてるんじゃないか」と心配していましたが、私はマイペースでのほほんとしていましたね。デビューが延びた分の時間で曲のストックを増やせるし、ボイトレもできるし。実力をつけてからデビューできると思ったので、焦る気持ちはありませんでしたし、バイトも楽しんでいました。音楽は自分が心に決めたものだったし、折れることはなかったです。音楽に関してはなぜか子どもの頃から「どれだけ時間がかかっても、自分が諦めなければ望むところにたどり着ける」と信じ切っているんです。
――デビューまでに曲のストックを増やしたとのことですが、作詞・作曲はいつから始めたのでしょうか?
岡本 上京後、当時のスタッフさんから軽いノリで「曲を作ってみたら?」と言われたんです。メロディーが浮かんだときに鼻歌を録音して、その断片をパズルのように繋げたらなんとなく曲になりました(笑)。それなら作詞も自分でやってしまおうという話になり、シンガーソングライターになりました。
――岡本さんが書く歌詞はとても心に残りますが、文章を書くのはもともと好きだったのでしょうか?
岡本 全然!国語の成績も悪かったし。歌にしても作詞作曲にしても、自分が苦手だと思っていたことを仕事にしているのが今でも不思議です。