「人間ってどんな感じ?」と思っていた

――エッセイの中で、学生時代は「制服を着続けることに疑問を抱くことすらなかった」という記述がありました。当時のエリイさんはクラスでどういう存在でしたか?

エリイ 約40人のクラスが3つだけで、しかもずっと持ち上がりだったので、同級生は全員が顔見知りという学校でした。いじめもなく、わりとおとなしい学年でした。そんな中でも私は「あの人ヤバい」みたいな感じだったと思います(笑)。

――「ヤバい」というと?

エリイ 小学校の頃は始発で学校へ行って、一人で校庭で一輪車で遊んだりしていました。用務員のおじさんもまだ来ていなかったりして。「最高!私が一番!」ってグラウンドを一人で謳歌するんです。そのうちにぽつぽつ来る人を見るのも好きでした。

――アートに目覚めたのはいつ頃なのでしょう?

エリイ ピアノの先生が「絵を描くのが好きだったら、美大というものがあるよ」と教えてくれて、中学生の頃から美術予備校に通っていました。予備校に通うことで、美大に行こう、という想いも自然に芽生えました。現代アートに目覚めたのは高校で、選択していた美術の授業で「横浜トリエンナーレ2001」に行ったことがきっかけだったと思います。

――子ども頃はどんな絵を描かれていたんですか?

エリイ 何かを描くときには、大胆に大きく、活き活きと描いている感じでした。幼稚園児の目で、まだ視力も落ちていなかったので、細かいものもよく見えていたんだろうと思います。私の子どもが携帯で動画を撮ることがあるのですが、やっぱり大人とは全然撮り方が違うんです。私が撮ろうと思っても絶対に撮れない画角やクローズアップがたくさんあります。子どもの目にはこんな風に見えているのか、視点が違うなぁと最近発見しました。

――子どもならではの視点を持ち続けることは難しい気がします。

エリイ 身体性がすごく関係していると思います。大人になるにつれてだんだん身体も固まってくるし、目も悪くなっていく。子どもの頃は指が動かないなんてありえなかったのに、今ではちょっと使うと「指、マジ痛ーい!」って。色々な物が削がれていってる感じがします。どこまでも羽ばたけて、どこまでも行けたのが、どんどん手前のほうにしか行けなくなってくる。身体性には、気持ちもすごく関わってきていて、たとえば手足が物理的にすっと伸びないことや、生理が始まってから朝起きられなくなったことが、気持ちにも影響します。

――エリイさんのそういう洞察力がアートにも活きているんですね。

エリイ 気づかないことは全然気づかないので、それが本当に正しいのかどうかは分からないです。ただ、学生の頃から「人間ってどんな感じ?」という気持ちが全般的にありました。観察の矛先は人間だけじゃなく、街の様子や社会にも向かっていたと思います。あそこの看板が変わったということは、いつも立っていたおじさんはどこへ行ったんだろう、とか。物でも、たとえば「このネジは一体どうやって作られていくんだろう?」と気になったら、ネジ工場を見に行ったりもしていました。今でも門構えなどが気になる家があったら、知らない人の家でもピンポンを押して「家を見せてください」と言うこともあります。

――勇気と行動力がすごいです。その家の方はどんな反応をされますか?

エリイ 意外にすんなり入れてくれる人もいます。以前、目黒川沿いの桜並木を歩いていて、ふと見上げたところにあった家を見て、「あの家なら超良いポジションで桜が見られる!」と思いました。そのままピンポンをして、入れてもらって、みんなで花見をして仲良くなったこともあります。