何もしゃべらないというのもまた一つのリアル

――『猫は逃げた』は、精力的に監督作を発表する今泉力哉監督と城定秀夫監督が、お互いの脚本を提供しあうというユニークな試みによる映画です。毎熊さんは、城定秀夫監督の手がけた『愛なのに』にも出演していますが、この企画を聞いたときはどう思いましたか?

毎熊 遊び心がある企画だったので一緒に遊びたいなと思いました。僕は監督ではないのでよく分かりませんが、監督にはそれぞれ良しとする価値観や好き嫌いがあって、仲良く共作するというイメージはあまりないですし、ぶつかってしまう可能性もあるのでは?と思ってしまいました。ですが、本作は監督たちがお互いの作品にリスペクトを持っていて、それでいて自分のテイストも消さずに、絶妙に混ざりあっている感じがしました。

――城定監督の書いた『猫は逃げた』の脚本を読んだときの印象はいかがでしたか?

毎熊 誰かが死んだり殺されたりする訳でもないし、大事件が起きる訳でもない。猫がいなくなるといっても、そもそも猫っていなくなりがちですし、庭で飼っているような猫なら「今どこへ行っているのかしら?でもそのうち帰ってくるんじゃない?」って思うでしょう。あまり大きな出来事が起きないので、ある意味、平凡な普通の人たちのありふれた日常を描いているなと思いました。でも、ちゃんと面白いんです。

――毎熊さんが演じられた週刊誌記者の広重は感情の起伏に乏しいキャラクターですよね。

毎熊 そうですね。心の中で動いているものを表面的に出すことはやろうと思えばできますし、考えないこともなかったんです。ただ、それってすごく分かりやすい答えになってしまうなと思いました。広重は夫婦関係が冷え切っていて、離婚寸前ですが、そもそも感情を素直に出せるならば、もっと上手くいってたんじゃないかと思いました。夫婦のやりとりにしても、気に入る・気に入らないを表に出して、大声で怒ったり泣いたりできてしまえば、もっと上手く折り合えるはずなのに、それができないからすれ違う。だからこそ、あえて感情を表に出そうと思いませんでした。

――クライマックスでは、女性同士が言い合いをしている中、ほぼ無言でした。

毎熊 あのシーンは、何もしゃべらないというのもまた一つリアルかなと思いました。激しく怒っている女性同士に、男性は「まあまあ」っていうのが普通なのかもしれないですが、いざその場に行ってみるとしゃべりたいこともないなっていう感覚がありました。

――セリフは脚本通りですか?

毎熊 そうです。ただ、セリフは覚えていきますが、どうやって言うかは事前に練習していきませんでした。台本に書いてある通りにやってみると、どうしても現場で合わないことがあります。文字では読めるんですけど、いざやってみたら意外に距離感など、いろんな面で無理が出てきたり。そういうところを一つひとつ直していって、相手の言葉を聞いて、ちゃんと反応していくようにしています。