何事も気楽に考えてほしい

――キャリアについてお聞きします。お笑いの世界を目指したのはいつ頃ですか?

やしろ 17~18歳の頃です。

――高校時代にコンビを組んだ経験はあったのでしょうか?

やしろ ありました。なんとなくネタを書いて放課後に友達の前でやる、みたいな。お笑いが大好きだったんです。すごく楽しそうで、すごくお金をもらえそうで、すごくモテそうだと思ったから(笑)。100%ミーハーです。たまにお笑いに助けられたから、お笑いをやっているという人がいますが、まったく意味が分からないです。

――長く続けるのは簡単ではないと思います。

やしろ 大変なこともあったとは思いますが、客観的に見れば他の職業に比べたら楽ですよ。ただ上下関係は、普通の会社よりは厳しかったと思います。先輩に呼ばれたら何時だろうが、「何分以内に集合」というリミットを守るために向かわなければいけません。97年のデビュー当時の話ですが、とにかくむちゃくちゃでした。コンプライアンスという考え方もなければ、お金や暴力の問題も含めて本当にひどい世界でした。僕は寝坊したり、お酒を飲んでいたり、忘れていたりという理由で、たぶん20回くらいは仕事に行かなかったことがあるんですが、クビになっていないのがおかしい。なんでまだご飯を食べられているんだろうと思います。

――コンビ解散などのターニングポイントを経て、今も芸能の仕事を続けられている秘訣は何でしょうか?

やしろ それ以外の仕事が一切できないですからです。だから他の仕事は考えられないです。車の免許もないですし、本当に社会を知らない。30歳くらいの頃、初めて家を借りたのですが、お金だけ持っていけば借りられると思っていたんです。当時の僕は、世の中で最強のハンコは拇印だと思っていて。後輩に付き添ってもらって「なんで書類とかハンコがないんですか」って言われても、言っている意味が分からなかった。マンガや映画でヤクザのシーンを見ていたこともあって、お金と拇印以上の身分証明はないと思っていたんです。

――それだけ向いていた世界だったのもあるかと思います。進路選択を控えるティーンにメッセージをお願いします。

やしろ 何事も気楽に考えてほしいです。辞めたくなったり、ダメになったりしたら無理せずに辞めて、次のことをやったらいいと思います。何かにトライするときって一発勝負ではないと思います。それに、これしかないんだと思った時点で、そもそも辞めないと思います。

――現在活躍されている芸人さんも、やしろさんのような考え方の方は多いですか?

やしろ 僕のように軽い考えの人も半分くらいはいると思います。成功を夢見たり、誠実にいいものを作りたいという気持ちで残っている人もいれば、辞めるタイミングを逃している人もいます。いろいろな事情や考え方をもっている人がいるからこそ、いろいろな芸風が生まれると思うんです。ルールがないことが一番の正義だと思います。人それぞれ、自分に合うもの、好きなものを見つける。好きなものがない人は好きな人に近づく。好きな人もいない人は、自分がやっていて楽しいことや心が動くことに職業を繋げてみる。夢に向かうためにはいくらでも段階・アプローチがあると思うので気楽に楽しんでほしいなと思います。

Information

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著者:マンボウやしろ
出版社:角川春樹事務所
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2020年初頭から世界を席巻した新型コロナウイルスは、あっという間に私たちの生活を一変させた。職場も、家庭も、友人や恋人などの人間関係も、そして未来すらも。劇的に変化した世界で生きる私たちの日常は、どこに向かっていくのか? ラジオの現場でコロナを報道し、リスナーの声を聞き続けた著者が、抱えてきた想いを25本の物語に昇華させた!誠実でありながらシュールで刺激的。そして笑え、最後には沁みていく……。 舞台、ドラマの脚本・演出で今、もっとも注目される鬼才・マンボウやしろ、初めての小説! 読者の心と頭を予測不能な振り幅で揺らす、珠玉のショートショート25篇。

公式サイト

マンボウやしろ

ラジオパーソナリティ・脚本家・演出家

1976年7月19日生まれ。千葉県出身。1997年にお笑いコンビ「カリカ」を結成。2011年コンビ解散。2012年、芸名を「マンボウやしろ」に改名し、ピン芸人となる。2016年に芸人を引退し、現在はラジオパーソナリティ、脚本家、演出家として活動。2013年より、ラジオ「Skyrocket Company」(TOKYO FM)のパーソナリティを務める。

Photographer:Toshimasa Takeda,Interviewer:Takahiro Iguchi