小説という形ならば、いろいろな悩みや葛藤を保存しておける

――恋愛をテーマにした大前さんにとって初の長編小説『きみだからさびしい』を執筆された経緯をお聞かせください。

大前 約1年半前に「長編小説を書きませんか?」というお声がけをいただいたときに、恋愛小説というよりは、人と人とのすれ違いのようなものを書きたいという気持ちがありました。人それぞれに色んな考え方があって、それに伴う悩みや葛藤がある。そういうものを、恋愛という大きな枠の中ならすべて放り込んで書けるのかもしれないと思いました。

――長編小説を書くのは、短編小説を書くのとどう違いましたか?

大前 長編はコツコツと付き合い続けていくものだと感じました。短編だと、瞬間的な想像力や発想力で1~2週間、もしくは1~2か月で書けたりしますが、長編となると、1年はかかると思います。作品を書くことが生活の一部になって、登場人物に付き添っているような気分でした。

――主人公の圭吾が恋をするあやめさんは、複数の人と恋愛関係を持つポリアモリーとして描かれています。

大前 異なる立場の人たちのことを描きたかったんです。考え方やスタンスは二人とも違うので、すれ違ってしまいますが、それでも共通して残るものがあったりするのではないかな、と。二人の違いを描くことで、誰かを大切に思う気持ちや愛のような、普遍的かもしれないものを描けたらいいなと思いました。

――物語の舞台がコロナ禍なのがリアリティを感じました。

大前 コロナ禍のステイホームや外出自粛で、人と気軽に会えない状況が続いています。人恋しさというのは恋愛そのものとは違っても、どこか通じる部分があるのではないかと思います。寂しいと思う気持ちのグラデーションや、人恋しく思う気持ちが、恋愛とコロナ禍で被っているものがある気がして取り入れてみました。

――物語の終盤に圭吾とあやめの「つきあってなかったら、もう会ってなかったかもしれない」という会話がありましたが、コロナ禍ならではだと思いました。

大前 僕自身は、普段から人と雑多な出会いをするのが苦手なんです。飲み会などもあまり好きではないので、気を許している人とだけ会っています。だから自分自身と登場人物たちは違うけれども、多くの人はもしかしたらこうなのかもしれない、コロナ禍での人間関係をいろいろと想像しながら書いていました。

――本書に限らず大前さんの小説には、枠組みといったものへの違和感が随所で描かれていますね。

大前 せっかく今生きているのだから、今書けることを書いておきたいんです。今自分が悩んでいることだけでなく、世の中にあふれている悩みも、時間が経って後の時代になったら、すっぽり忘れていってしまうのかもしれない。小説という形ならば、いろいろな悩みや葛藤を保存しておけると思いました。

――小説のキーワードともいえる「対等な恋愛」はどのようにして成り立つと思いますか?

大前 ……よくわからないんですよね。書けば書くほど恋愛って何なんだろうと思いましたし、書いたはいいものの、こういう風にしたらいいよって一般的に言えることは全然何もなくて。それぞれの関係性次第というか、個人個人それぞれがお互いに納得していく形を見つけていくしかないのかなと思います。どこかで諦めなければいけない部分もあるけれど、その諦めに飲み込まれないようにしたくて頑張っているのが、登場人物たちです。