悩んでいるのは自分だけじゃない

――学生時代はクラスでどんなタイプでしたか?

大前 すごく静かでした。クラスの中でいくつかあるグループのどこにもはっきりとは属していないけど、どこのグループにも少しずつ行き来しているタイプ。学校の授業や人間関係など、いろんなものを面倒くさいと思いながら過ごしていたように思います。これをしなきゃいけない、このグループではこういう風に振る舞わないといけない。そういう漠然とした空気感が煩わしかったです。

――当時はどのような進路を考えていましたか?

大前 僕は小学生から高校生まで、田舎に住んでいました。街に本屋さんはないし、映画を観に行くにしても何十分も電車に乗らなければならなかったので、文化の選択肢が少ない土地でした。なので、とりあえず一人暮らしができるくらいの、実家からほど良く離れたところにある大学に行きたいという気持ちがありました。学生の頃は、将来これをしたい、これを学びたいということよりも、とにかく選択肢を増やしておいた方がいいかもしれないとは漠然と考えていました。

――小説を書き始めた頃は就職活動を頑張っていらっしゃったんですよね。

大前 本や漫画が好きだったので、出版社を中心に30社くらいエントリーしたのですが、早い段階で疲れてしまいました。面接を受けるために京都から東京へ行って、ネットカフェに何泊もしているうちに、3~5社目で「なるようになる。休憩しよう」と思い始めて小説を書きました。

――小説にも登場するホテルスタッフとしての体験は、大前さんの実体験に由来するものなのでしょうか?

大前 京都にいたときに、カプセルホテルでアルバイトをしていたことがあるんです。ホテルは24時間営業で、いろんな人がいろんな時間帯のシフトに入っていました。休憩時間はそれぞれが好き勝手に過ごしていて、固定された空気感がありませんでした。そういう流動的な人間関係が、小説にはちょうどいいかもしれないと思って、当時を思い出しながら参考にしています。

――改めて『きみだからさびしい』をこれから読む方に見どころ教えてください。

大前 主人公も他の登場人物たちも、みんなが恋愛や人間関係についてたくさん悩んでいる小説です。先日、今まさに恋愛に悩んでいる方から「この本を読んでもっとぐるぐる悩んでしまった」という感想を頂きました。恋愛で悩んだり苦しんだりしているのは、ひょっとしたら自分だけじゃないかもしれない、と感じてくれたら嬉しいです。悩んでいる登場人物たちの姿を見て、少しでもご自身が楽になってくれたら何よりです。

――今後、新たに挑戦してみたいことはありますか?

大前 漠然とではありますが、ミステリーを書けるようになれたらいいなと思っています。ミステリーに限らず、小説や映画など展開のあるお話は、物語の中の秘密を追っていくという構造が多いので、ミステリーの要素はお話を考える上では必須なのかもしれません。僕自身は、本はゆったりとした気分で読みたいほうなので、読むと止まらなくなりそうなミステリーは実は少し苦手だったりしますが(笑)。

――最後に、これから進路の選択を控える読者にメッセージをお願いします。

大前 可能なら、いろいろな選択肢を持っておくに越したことはありません。でも、僕自身がティーンの頃、こういうことを言われると苛立っていたのを思い出します。人生は長いですから、根を詰め過ぎず、休憩しながら頑張ってください。

Information

『きみだからさびしい』
発売中

出版社:文藝春秋
価格:1,650円(税込)

町枝圭吾、24歳。京都市内の観光ホテルで働いている。圭吾は、恋愛をすることが怖い。自分の男性性が、相手を傷つけてしまうのではないかと思うから。けれど、ある日突然出会ってしまった。あやめさんという、大好きな人に――。圭吾は、あやめさんが所属する「お片付けサークル」に入ることに。他人の家を訪れ、思い出の品をせっせと片付ける。意味はわからないけれど、彼女が楽しそうだから、それでいい。意を決した圭吾の告白に、あやめさんはこう言った。「わたし、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」ポリアモリーとは、双方公認で複数のパートナーと関係を持つライフスタイルのこと。あやめさんにはもう一人恋愛相手がいるらしい。“性の多様性”は大事なのはわかるし、あやめさんのことは丸ごと受け入れたい……けれど、このどうしようもない嫉妬の感情は、どうしたらよいのだろう?勤務先はコロナ禍の影響で倒産。お片付けサークルも、“ソーシャルディスタンス”の名のもと解散になった。圭吾はゴミが溢れかえる部屋の中で、一日中、あやめさんに溺れる日々を始めるのだった――。

公式サイト

大前粟生

作家

1992年11月28日生まれ。兵庫県出身。同志社大学文学部卒業。2016年に短編小説「彼女をバスタブに入れて燃やす」が「GRANTA JAPAN with早稲田文学」公募プロジェクトで最優秀作に選出されデビュー。「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞。「文鳥」でat home AWARD大賞受賞。2021年『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社)で織田作之助賞最終候補となる。近刊として、2022年3月に初の児童書『まるみちゃんとうさぎくん』(絵・板垣巴留、ポプラ社)を刊行。歌集『柴犬二匹でサイクロン』(書肆侃侃房)を4月下旬に刊行予定。

Photographer:Hirokazu Nishimura,Interviewer:Yukina Ohtani