書いていくうちに少しずつ選択を間違う

――書籍化にあたって、何度もリライトされたそうですね。

古川 オウム真理教でいえば、彼らも出発点では「人を幸福にしよう」「社会に貢献しよう」と思っていました。そう思った果てにひとつずつ選択していきましたが、途中で変な選び方をして、人を救うために「この世界はまず破壊したほうがいい」となってしまった。世界を良くするために邪魔なものは潰してしまおうというこのロジックは、意外に現代にも通じてしまいます。

――時代は関係ないと。

古川 でも、それでは何も救っていない訳です。それと同じように、小説を書いていても、書いていくうちに少しずつ選択を間違うんです。話を良くするために足したパートのはずなのに、いつの間にかどんどん軌道がずれていく。軌道を間違ったと思ったら、戻らなければいけません。精魂込めて何百枚も書き溜めていたものを捨てるのは本当にキツいですよ。だけど、自分が良いと思っているパートが作品全体の中で良いかどうかは分からない。何度も立ち止まっては、ここはなくす、ここは違う形に変えていくということを繰り返していました。

――最初に古川さんが想定された『曼陀羅華X』の着地点と、書籍になった本書の着地点はだいぶ変わったということですね。

古川 だいぶ変わりましたが、良い変わり方だと思っています。オウム真理教のような団体をモチーフにして、彼らがやったことに対してアンチを唱えるようなプロットを作っても、結局彼らと同じように大きなスケールのカタストロフィーみたいなものを用意しないと物語は成立しなくなってしまう。凶悪な集団を存在させてはいけないから、小説的に面白く大破滅させますというのでは、ハリウッド映画のようになってしまうんです。

――これから『曼陀羅華X』を読む方に見どころを教えてください。

古川 シリアスな構えで読むよりも、ひとつのスリリングな物語がここにあるのだという気持ちだけで読んでもらいたいです。たくさんの言葉があって、何度もそれが言い換えられて語り手たちが立ち止まる瞬間に、一緒に立ち止まって前のページに戻ったり、あるいは読んでからもう一度好きな部分に戻ったりしながら、ただただ付き合うような本になってくれればいいなと思っています。すらすら最初から最後まで読むことだけが読書ではありません。立ち止まったり流し読みをしたり、それでも自分なりに読む。この物語の中に入っていくのだという気持ちで幅広い読者が読んでくれたらうれしく思います。