BIGBANGに衝撃を受けて韓国に移住

――これまでのキャリアについてお伺いいたします。音楽は小さい頃から身近にあったのでしょうか?

NOA 音楽好きな両親で、お母さんが家でずっと洋楽を流しているような家庭だったので、幼稚園の頃から音楽が大好きで、曲に合わせて踊っていました。お母さんがR&B、ポップ、ジャズ、ハウスなどを聴いていたので、自然と僕もいろんなジャンルを聴くようになりました。

――12歳の時に韓国でスカウトを受けたそうですが、韓国には旅行で行かれたんですか?

NOA 住む目的で行きました。小学6年生の時にBIGBANGさんを見て、「この人たちみたいになりたい」という思いから、「じゃあ韓国へ行くしかない」と。それでお母さんに相談したら、「じゃあ一緒に行こうか」という話になったんです。

――ものすごい行動力ですね!それまで海外で生活した経験は?

NOA 全くなかったです。旅行で韓国に行った時に可能性というか、こんな場所に住んでみたいと決心したんです。お母さんも韓国に興味があって、海外での生活に柔軟だったのも大きかったです。

――BIGBANGはどういう経緯でファンになったんですか?

NOA 日本のニュース番組でBIGBANGさんが日本デビューするという特集を見た時に、「すごくかっこいい人たちだ!」と思って、そこからYouTubeだったり、ケーブルテレビだったりを見て、憧れの存在になっていきました。もともと少女時代さんを始め、K-POP自体も聴いていたんですが、BIGBANGさんの影響で韓国のケーブルテレビを見始めて、よりK-POPへの興味が強くなりました。

――韓国に行こうと決断した時点で、将来はアーティストになろうと決めていたのでしょうか。

NOA そうですね。周りにも「BIGBANGさんみたいなアイドル・アーティストになりたい」と言ってました。ただ最初は実力もなかったので、まずは韓国のダンススクールに通ってからオーディションを受けようと思っていたんです。ところが韓国に行った翌月に、BIGBANGさんの事務所「YGエンターテインメント」(以下YG)にスカウトされたんですよ。

――そんなドラマみたいな展開があるんですね。

NOA 当時、BIGBANGさんが通っている美容院があると、お母さんの友達に聞いて、聖地巡礼のような感じでファンとして行ったら、BIGBANGさんを担当しているヘアメイクの方に「芸能界に興味ないの?」と聞かれたんです。「実は事務所に入りたいんです」と言ったら、すぐYGに電話してくださって、そこからオーディションを受けて練習生に決まりました。本当に運命的な出来事でしたね。

――韓国で学校はどうしたんですか?

NOA  YGに入ってインターナショナルスクールに入って、ある程度通っていたんですけど、途中からは「朝から事務所にいてほしい」という方針になったので、キリがいいところで卒業して、事務所一本の生活になりました。

――お母さんと一緒とはいえ、韓国での生活に心細さはなかったのでしょうか。

NOA ありましたね。韓国に行って2、3年は、1年に2回くらい一時帰国していて。初めて帰国した時は、韓国に帰りたくなくて泣いたのを覚えています。ただ言語を習得していくうちに、韓国の生活にも慣れて行き、自然と「日本に帰らなくていいや」という風に変化しました。